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きょうも良き日


by neko
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 この芝居をみてから、ずいぶん時間がたってしまったけど、演劇はゆっくりと時間をかけて咀嚼しないと見つけ出すものがすくない。
芝居がハネてすぐに「どう?」と聞かれても、気になった本質的でない部分が感想に出てきてしまう。先に投稿した「寿歌」の美術で、黒い材料に打ち込んだスクリューの頭が光っていたのはだめだ、とかね。
 時間がたてばそういった気になったことも本質的なこととつながってきて意味が見えてくることもあるが、「寿歌」の美術への気持ちは全く変わらず、あれはダメだと今でも思う。

 「寿歌」に関しては時間がたって、客入れ時から最後まで聞こえていた「爆音」が耳に残っていて、家のそばを通る258号線のトラックの音を聞くたびに「寿歌」を思い出している。それどころか若いころ登った剣岳の小窓の落石の音まで思いださせて、トラックの走行音が日常への「警鐘」に聞こえてしまう。
 演劇の楽しみ方というか、頭の中での残り方というのはそういう形であることが多い。
 あの「爆音」は「寿歌」にとって重要なファクターで、われわれに送られたメッセージの本質的なものだ。そこでは宮崎演出は成功していると思う。

 と書きながら、あうんの会「海につくまで」は、時間がたっても新たに見出すものは少なかった。
 面白くなかったわけではない。2人で10組くらいの人間を演じ分ける面白さ、その短いエピソードに込められた作者の弱者への温かい視線、展開のスピード感、明確な筋道と明確な終末・・・と文句なしではあった。

 ドラマの基軸になっている2人はヤクザで、抗争から逃げ出す場面から始まる。なぜか二人は漫才師に「身をやつし」逃亡を開始。この車の運転の場面が面白いのだが、突然、二人は違う人物になる。末期の病気の夫とその妻、女子社員と不倫関係の上司、倒産した塗装屋夫婦と死んだ父親・・・と5組10人以上の登場させる。
それぞれがさまざまな理由で、それも悲しくもあり、ばかばかしくもあり、ただどれも身につまされるエピソードをもって「最後の地」沖縄の海へ目指す。
そして、青く明るい海を見て生きなおそうと思ったり、あるいは幸せ感に包まれながら死を迎えたりする。いわば予定調和の結末である。ただ元ヤクザの二人を除いてはである。
 元ヤクザの二人のうち「アニキ」は追ってきたヤクザによって殺されてしまう。海をみる前に。
 この必然的な悲劇にコミカルな印象をもたせ、代償として描かれているのが数組の果たされた希みなのであろう。
 どのエピソードも突っ込めばありきたりで、安易な設定だと思うが、ありきたりで安易であった必要があったのだと思う。笑いと幸せを得た人を見たを観れた感動とそれにそぐわない無駄死に。
 因果応報というほどのことではないが、少し心地よいカタストロフィを得れた。

 だから、わたしの中に後々まで残る芝居ではなかったということである。
 だが、芝居の楽しみをシンプルに教えてくれた清涼感に感謝!

 実は小菅さんとは11月にサラマンカホールの企画で、ピアニストデュオコンサートに出演していただく。そのピアニストの二人との観劇。ピアニスト2人は演劇、ましてや小劇場などはその存在自体を初めて知るという。クラシックに生きてきた二人に小劇場の世界を紹介でき、それがこの痛快な作品であったのは良かった
 ちなみにそのコンサートで小菅さんはチェーホフになってもらおうかと考えている。


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# by kanekonekokane | 2018-04-19 23:29 | 演劇

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 山に登るということは、ふつう山道を歩くということなのだが、雪が積もれば山道は消える。
 雪が積もると道でないところも歩くことができる。それでも八ヶ岳などはよほどの新雪でもない限り、先行者のつけたトレースを行くことにはなるし、先日登った能郷白山のように尾根をゆくトレイルの場合ほぼ道に沿って行く。ただ前山のてっぺんには雪のある時期でないと登れない。つまり道がないのである。

 継子岳の魅力は、道を全く無視して、チャオスキー場のゴンドラ駅から一直線といていいくらい雪を踏みしめて登頂できることである。
 昨年の夏、娘のちひろさんとチャオから継子を経て五の池小屋に泊まり、摩利支天まで登った時は、道から外れて積雪期に使う尾根を行ってしまい、戻るのも悔しいので、すさまじい藪漕ぎの果てに、樹林帯を突破し直登尾根の岩を登り、夏道に出た。この時の達成感は半端なかったが、もっと半端なかったのは、わが娘の根性である。普段から物おじしない「男前」な娘だが、倒木がごろごろして小さな沢の藪漕ぎやハイマツの枝を歩いたり、わたしでもへこんだ登りを文句も言わず、たんたんとついてきた。

 実は3年前の4月にもチャオから継子にとりついたのだが、かたい雪面に怖気づいて、登頂しなかった。
 そういうわけで、どうしてもチャオから継子に登ってみたかったのだ。

 ゴンドラの8時半の始発に乗りゴンドラのスキー客に昨日の天気を聞くと雨だったらしい。上では雪だっただろう。
 駅の裏の夏道の登山口あたりから入る。樹林帯ではスノーシューが使えるかなと思って持ってきたが雪はしまっている。新雪はない。
 樹林の途中でスノーシューを木の枝にデポ。見失わないために何度も振り返り風景をおぼえたり、写真を撮ったり。
 樹林帯ももう終わりかなと思うあたりではスリップするくらいに雪がしまってきたので、アイゼンをつける。
 雲の中で視界が悪い。樹林を抜けると一層視界が悪く、気温は低くないがあられ混じりの風が冷たい。登っていく気がしない。
 とりあえず樹林に戻り大休憩。ヤマテンの高層天気図では高層では晴れている。もしかしたら晴れるかもしれないとコーヒーを飲んだり、エネルギーバーを食べたり。
30分ほどしたときにパッと太陽が顔出す、すぐに雲に隠れるが、薄い雲からはうっすらと青い空が透けて見えている。
ならばと出発。樹林を出ると下界は晴れてスキー場が見えている。
 直登尾根は岩が多いので、左にある尾根を登りことにする。この辺りは新雪がうっすらとあり雪崩がないとは言い切れないので、慎重にルンゼを横切り、尾根を登る。45度の部分もあってアイゼンの前爪をけりこんで登る。しんどい。
 斜面が緩くなり、直登尾根に道標が見え、平らな継子の頂上に着く。12時。
 30mはあろうかという烈風。時折、雲が切れて四の池、飛騨頂上、摩利支天が見えるがまた真っ白になる。
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 摩利支天はともかく飛騨頂上まで行きたいと思い、30分ほど待つが、さすがに体が冷えてきた。下山開始。適度にしまった雪面にはアイゼンが気持ちよく効く。
樹林に入るころには、かなり雲がなくなってきて乗鞍が見えてきた。スノーシューデポ地点でスノーシューに履き替え、スキー場へ。
 振り返ると、継子が晴天のなかでくっきりと現れている。
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 ゲレンデ横の森のなかはスノーシューが有効。しかしこの森歩きは疲れた。
 15時半駐車場着。

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# by kanekonekokane | 2018-04-16 00:01 |

能郷白山



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ひさびさの山である。

昨年の秋に登って、雪のある時に来てみたいと思っていたが、仕事が一段落したが体調がいまいちのなか、少しボケてきた山へ登る気分とたるんだカラダのスイッチを入れるために、危険な要素は少ないが長い行程の能郷白山を選んだ。

朝4時半発、能郷谷に6時半、歩き出しは秋のときよりは重い。1時間で登山口。渡渉は鉄パイプが倒木に固定されていて、しがみついて渡る。急斜面は
難なく越して、尾根に上がると残雪がある。
ザクザクだが予想より腐っていない。ところどころ夏道が表れている。前山に10時半。秋の時はやぶで踏めなかったので、ここを踏むために来たのだな、と思い出した。
前山の平坦な頂上は雪にすっぽり埋まって、スノーシューで来て迷ってみたい感じである。3月のはじめかなべストな時季は。
続く上り下りも難なく超えて、能郷白山への直登。槍の肩への最後登りを思い出して頑張る。
12時頂上。頂上の祠以外は一面の雪である。
気温は高い。ここまで半袖(まったく夏の服装!)とskinsの冬用タイツで登ってきた。風は弱いといっても冷たいので、ズボンをはきウールの長袖を着て、下りの尻セードのためにレインスーツ着こむ。
13時下山開始、前山の頂上で東に延びる尾根を少し迷ってしまう。ここは霧でも出ていれば間違いやすい。さらに登山口へ降りる小尾根へも少しうろつく。GPSさまさまである。
16時登山口、おなかが減ったのでパスタをゆでて食べる。ゲート17時20分着。11時間の行動。9時間くらいで、と思っていたが、疲れた。やっぱりトレーニングだなと決心!
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出勤のときうちを出てすぐに揖斐川の左岸を北上するのだが、この堤防道路から今はくっきりと能郷白山が真っ白に見える。その右のほうには加賀白山がちょっこと白い頭を見せている。あの頂上に登ったんだと、思うことができるのは少し感慨深いものがある。普段見えている山を一通り登ろうというのは、この何年間か思ていることだ。
こうしてみると北アルプス、乗鞍木曽御嶽、中央アルプス、恵那山といちおう登っている。登っていないのは、能郷白山の前衛、小津権現三山である。
今年こそ藪が茂る前に登っておきたいものだ。
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帰路、薄墨桜を見に行く。ライトアップ点灯までいたが、ライトアップをされた桜には少しがっかり。谷汲温泉に入って帰宅。
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# by kanekonekokane | 2018-04-05 22:14 |

SPAC「寿歌」(北村想)


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世界はどうやって終わるのだろう。
すでに始まっているその終わりへの道筋を、戯曲家たちはこれまで随分と予言してきた。

先の投稿で感想を書いた「ミステリヤ・ブッフ」もそういうことなんだろう。
数年まえに観てしばらくパフォーミングアーツを観たなくなるくらい感動したNoismの「ラ・バヤデール」も神の怒りによってすべては崩壊したのではなかったのか。しかも平田オリザによってドラマを書き換えられて崩壊は世界戦争という形で終わる。
「ミステリヤ・ブッフ」の感想で世界の終わりには祝祭的などんちゃん騒ぎがある、と書いたが、「寿歌」もまさにそうである。

世界が崩壊したのち大阪の芸人が放浪の旅をしている、漫才らしいが女性のほうはストリップダンスもするようだ。そこにキリストを思わせる男が加わり奇妙な旅が続けられる。世界の終わりはそのまま世界の始まりで、預言者=救済者と性を売る女と役立たずの男の登場する。キリストとマグダラのマリア、男はたぶん箱船を作ったノアなのだろう。
ヤスオと名のるキリスト風の男は、なんでも複製できる魔術を使うのだが、それ以外には救世主らしい言動はない。
女の持っていたロザリオを街でいくつも複製を作り見物に渡す。見物といっても本当にそこに人がいるのかどうかもわからない。ところが人々の手にしたロザリオに雷が落ちて人々は傷つくのだが、この事件がどういうメタファーなのかよくわからない。神というものは、そういうものだというだけなら、なんか薄っぺらい。
ゲサクという芸人はピストルから発射された弾丸を手でつかむという芸を持っているのだが、女のミスで弾丸が当たって死んでしまう。この事件もどこか薄っぺらい。
男は再び生き返り話がぐるっと一周してきて、また女と旅にでるのだか、ヤスオはエルサレムに行くといって二人と別れる。女の持っていた壊れた櫛をヤスオが直し、それを渡すのだが「櫛をもらったのではいけない、代わりに干し芋を渡してこい」と女にヤスオを追いかけさせる。これもいろいろなことを連想させることだが、しばらく考えてみたいという気分には至らない。
北村想が仕掛けたなぞかけが思いのほかつまらない。演出の宮城聡らしく祝祭の単純さで、なぞを一気に笑い飛ばそうとするのだが。
ヤスオを追いかけないで、再びゲサクと歩き出した女はモヘンジョロに行くという。

エルサレム=平和の街、モヘンジョダロ=死の丘。われわれはそういう場所を求めて、寿歌を口ずさみながら旅をしているのだ、観客のいない虚構の街で命を懸けた芸と性をコミュニケーションの道具にして。
女の名前はキョコウならぬキョウコと名のっていた
芝居の終わりに雪が降ってくる、最前列に座ったときスタッフが「泡のようなものがふりますので」と了解を求めてきた。
このシーンは、世界の終わりは、せめて聖なるものに清められるものであってほしいという北村想の思いなのだろう。

見終わって、不満は残ったけどやはりゆっくりと咀嚼して楽しめるものではあった。
ただ、美術はどうなのかな?8の字に組んだスロープなのだけど、まず脚組に美しさがない、細かいことだがステンレスのスクリューの頭が光っているだけでがっかりする。脚組だけでなく、スロープも舞台一面に置かれた「ゴミ」もどこか素材感が見えていて、あれはどうやってつくったんだろうという、不思議に欠ける。だいたい、なぜ手すりが必要なのだろう。手すりがあるだけで美術が機能に見えてくる。

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# by kanekonekokane | 2018-03-30 21:29 | 演劇

ミステリヤ・ブッフ


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書き留めておきたい芝居をずいぶん見てきた。

とりあえず、3月15日まつもと演劇工場の「ミステリヤ・ブッフ」。16,17日が本番だったが、その日がCOROの稽古日なので、演出の加藤さんのはからいでゲネプロを観ることができた。

学生の頃、マヤコフスキーの長編詩「レーニン」を何度も読み返した。叙事に徹したマニフェストともいうべき作品で声に出してよむと独特な高揚感がある。
70年代立命館の学生劇団にいた。ソヴィエトという国には批判をしながらもあこがれに近い感覚で見ていた。
社会主義リアリズムに理論的な根拠を得ようとしながら、一方でロシアアヴァンギャルドに惹かれた。社会主義リアリズムの視点から見るとロシアアヴァンギャルドは単なるやんちゃに見えた。その二つの芸術的な流れの先にブレヒトというものが見えていた、というのが拙い私の学生劇時代である。

さて松本のマヤコフスキーはどうだった?
世界を終わりに箱舟に乗れなかったユニコーンも話、箱舟の中で上流階級と労働者階級の対立、労働者たちに食糧が分配されて天国のような国ができる、みたいな話が、流しの楽団の演奏と狂言回しによって進行される。
この楽団を演じていたヴァイオリンの男性とバスドラムを抱える女性がひどく魅力的だった。
小さな回り舞台、全部を木目を生かした素敵な美術である。回り舞台にはスッポンが空いていて、役者が出てきたりするし、ブレヒト幕が組まれたりする。このアイディアは楽しい。衣裳も「マヤコフスキーぽいね」と根拠なくと思った。
貴族は労働者と衣裳をさっと変えるだけで移行するのだが、これは階級闘争や革命の概念が変化してきたことを表しているのかもしれない。その分は話は難解になる。
さまざまな問題を詰め込んで、ほとんど解決らしきものも得ないままで祝祭的などんちゃん騒ぎが繰り返され、やがて終わる。
革命は、あるいは世界の終わりには、祝祭のどんちゃん騒ぎがあるのだ、ということは納得した。



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# by kanekonekokane | 2018-03-29 22:38 | 演劇

ブログ、再び


f0064415_00111470.jpg なんでも、中断していたことを再開するというのは気が重い。

 日々の仕事でも、かかっていた原稿つくりが何となく行き詰って、他のことを始めてしまうとできていない原稿書きが、なんとも疎ましく感じる。
 集中したときは人の声も聞こえないくらいだが、集中がきれれば簡単に戻れなくなる。昔からそういう性格で、仕事場でも30分を超えると席を立ちたくなる。

 ブログを再開しよう。
 これは今年の元旦にメモをしたことであるが、なんとか自分のブログにログインできた。
 3月25日にあった「サラマンカ少年少女合唱団CORO Junior」の演奏会が、まあ好評のうちに終わったことで、なにか一つの節目を作っておこうと思ったわけである。

 この合唱団は、サラマンカホールのレジデントとして発足し、設立以来事務局を担当してきたうえに、ちょっとした司会台本や演奏会の演出を担当してきた。
 この第5回目の演奏会では「凸凹小学校に合唱団ができるまで」という合唱劇で音楽は谷川賢作氏。わたしは台本を書いて演出をした。
 曲はほとんど既成曲だったので曲に合わせての台本がかなり難しかった。そのうえ合唱団の子どもたちのリアルな話を反映させているので、ウソとリアルの境で随分と戸惑った。
 学校の合併というどこにでもある問題を、深刻でなく、しかし子どもリアルな感覚を大事にしながら、何とか書いた。エピソードをつながらないように積み重ねて、どこかであの話とこの話はここで結びついている、みたいな台本で、つまらない泣きや感動は極力排した。事件も初めに起こしておいて、少しづつ問題が融けていくようにした。なにか問題解決策があるようなものにはしなかった。
 台本の過程では谷川氏と随分ぶつかったが、彼のテレビドラマみたいなドラマツルギーの古さには少々参った。
 わたしの中にずっとあったのは、昔サザエさんにタラちゃんの両親が夫婦けんかをすると、タラちゃんが「どちらか悪いほうが誤らないとだめです」という。ところがタラちゃんは、友だちと外で遊んでいるとちょっとしたことでケンカになる。タラちゃんと友だちは、「どちらかが謝る」のかと思っていたら、ケンカにタネと違うことで折り合って仲良くなる。タラちゃんは両親にこう告げたのである。「謝らなくても仲直りできます」
 ドラマを「テーマ」という機関車で推し進めていくのは、物語をつまらないものにしてします。ケンカの原因を追究したら、白黒をつけることになる。テーマに沿わないエピソードから、何かを見つけ出すというのが、面白い。
 なにか白黒つけることは、次元の低い解決である。
 解決策のないところに実は希望がある、と思いたい。



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# by kanekonekokane | 2018-03-29 00:16 | 合唱

千畳敷でスノーシューイング。
日曜日の登山客が降りてきている菅の台バスセンターの駐車場に3時少し前に着いて、最終のバス、ロープウェイを乗り継いで4時過ぎにホテル千畳敷に入る。
天気が良く、富士山が見えている。
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ホテルの料金は、バス、ケーブル込み2食付き9800円。夕食は豚汁、朝食は夜のうちにおにぎりが渡される。山小屋の個室に比べても安い。しかも風呂付である。
その格安プラン以外のホテルの客はタイやシンガポールからの観光客が多い。この手軽さで岩稜の雪山を見られるのは、アジアではもちろん、世界でもヨーロッパアルプスを除いてはそうはないだろう。
翌朝、少し雲が出てきているが、ほぼダイヤモンドフジ。
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サギダルのほうへ足慣らしで歩いてから、カールの淵をあるいて、前山への尾根、和合の頭の方向にあるダケカンバの疎林に入る。枝を避けながら、ジグザグに歩くのもスーシューイングならでは楽しさ。写っているのは同行のわが娘のChihhy。昨年美ヶ原、上高地と一緒に歩き、今年アトラスのスノーシュー、ストラタス エレクトラ23を買った。私のはMSRライトニングアッセントだが、やはり山岳用としているだけあって、20度を越すくらいの斜面では差がつく。
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浄土乗越が雪崩の危険があるときは、このダケカンバを抜けて尾根筋を登るらしいが、岩稜なので雪崩の心配は少ないが、ザイルが必要だと思う。
浄土乗越へ続くトレールへトラバースして、いけるところまで登ったが、3分の一くらいのところで限界。これ以上はアイゼンの世界である。
モホモホのパウダースノーをすべり下りる。痛快。特にストラタス エレクトラはこのいうときは良い。Chihhyも気持ちいい!を連発である。
朝日がすっかり昇ると、風が少し出てきてうっすらと雲も出てきた。
9時半にホテルに戻ると一番のロープウェイの客が登攀の準備をしていた。
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# by kanekonekokane | 2016-12-30 01:34 |

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オペラ「魔笛」の冒頭で王子タミーノは大蛇に襲われて気を失う。
そして、たまたま通りかかったパパゲーノに助けられたのだと信じる。
どう見たって、太陽の神殿に拉致された娘を救う勇気と能力には欠けていると思うが、娘の母「夜の女王」はなぜかこの情けない男に娘パミーナの救出を願い出る。
女王には大蛇を一撃に退治できるダーメという3人の女兵士がいるでないか?
おまけに敵対するものの戦闘意欲をなくし、困難をはねのける不思議な力のある「金の笛」=「魔笛」と「銀の鈴」を持っているではないか?
ダーメにこれらを持たせて、パミーナを救いに出させれば、簡単だったのではないか?
女王は目の前でパミーナが拉致されているが、その時、魔笛と鈴はなかったのだろうか?ダーメは留守だったのか?

とまれ、女王は非力ではあるが、誠実で人を疑わない優男が、娘を救うのにふさわしいと直感したのは間違いない。だから助け出した暁には娘をお前にやろうとまで言ったのだ。優しい男を待望していたのは女王自身であり、娘の結婚相手、つまりは自らの後継者にふさわしい人格だと思ったのである。
優しい非力な男が運命を切り開き世界を変えるのは、物語世界ではよくあることである。「小さきものが世界を救う」と「指輪物語」のなかでエルフの姫アルウェンが言ったような気がするし、日本の古代でも大国主命は兄の言いなりになるがままの優しい。弱きもの、小さなもの、兄ではなく弟が物語のホーローになる、という寓話の普遍性、世界性の深いところの意味はさておき、「魔笛」でもこの話型が使われているのだろう。

夜の女王が、なぜ金の笛と銀の鈴を自ら使わないのはなぜなのだろう?オペラ「魔笛」の原作ではパパゲーノとパミーナがモノスタトスが率いる奴隷たちに襲われたとき鈴を鳴らすと奴隷たちが踊りだして、二人は助かるのだが、この時二人は二重唱でこう歌う「勇者が、この鈴、手にすれば 、敵は苦もなく 、逃げていく。でもその鈴がなかったら、 仲良くすることできないよ。友情込めて仲良くすれば、 こころの苦しみ、和らぐよ。もし思いやり無かったら 地上に幸せ、あり得ない」と。
ここに夜の女王が鈴を使えない理由がありそうだ。勇気がないのか、友情込めて仲良くできないのか、のどちらかなのだろう。

先日、サラマンカホールで池山奈都子演出、倉知竜也指揮の「魔笛」をみた(見たというより、私が主催側の制作担当者なので稽古から付き合っていたのだが)。そこ箇所の字幕(池山訳)では確か「よき人が持てば}とされていた気がする。こうなるとさらになぜ夜の女王が銀の鈴を使えなかったのかは明確かもしれない。

しかし、待てよ。夜の女王はよき人ではないとは決まっていない。娘をザラストロに拉致されて苦しみを述べ、助けを求める場面では決して悪人ではない、ただ歌の異様な雰囲気からすると、ヒステリック以上のものを漂わせている。しかし、なお苦しむ母親である。2006年、ケネス・ブラナーの映画「魔笛」では、夜の女王をタミーノは抱いて慰めている。

魔法の笛はもっと不可解である。パミーナはその笛を「わたしの父が古い木から降り出したものだ」と証言する。夜の女王が結婚していたかどうかは不明だが、少なくともパミーナは女王、パミーナの父である男の間に生まれた娘である。猛獣ですら心やわらげ、悪をいさめ、人を平和にする笛をその男が作ったことになる。魔笛が女王の手元にあったのだから、たぶん夫だと考えたほうが自然である。では、その夫とはいったい何者なんだろう。少なくとも銀の鈴の由来から類推すると、彼は勇気がありスピリチャルな力を招来できる人格のもち主に違いない。
娘がさらわれたとき、父親は不在だったのは疑いのない事実だろう。もし一緒だったら笛を吹いて(あるいは鈴を鳴らして)、拉致をあきらめさせただろうから。不在だったというより、女王家の一員でなかったのだ。男は死んだのか、夜の女王と別れたのだろう。

このような男といったんは結ばれた夜の女王を根っからの悪人と決めつけるのは無理がある。スピリチャルな男に惚れた「人を見る目」があるからタミーノに信頼を寄せたばかりか、どう見ても頼りないパパゲーノにも動向を命じたのだ。この女王がザラストロの本質も見抜いていたとすれば、ザラストロこそ悪人であるのかもしれない。
彼は女性蔑視の思想を隠さないし、パミーナを犯そうとするようなモノスタトスに彼女を任せたのも「任命責任」「監督責任」が問われべきである。
パミーナを拉致した理由が「あの女のもとにいたらだめだ」というものだが、これも身勝手なものであろう。
しかし、物語は不思議な展開をする。拉致されてザラストロの家来に暴行されかけ逃げたことをパミーナはザラストロに詫びるのである。
タミーノに至っては、ザラストロの貸した試練を疑問も持たずに受け入れる。
よほどザラストロのオーラが神がかっているとしか思えない。事実オペラの中ではライオンにひかれた乗り物に乗って仰々しく登場する。
没収した鈴と笛はタミーノとパパゲーノに返されるのだが、ここでパミーナの父とはこのザラストロかもしれないという推理が成り立つ。
そうだとするとすべては解決するように思える。
離別した夫婦の間で娘を取り合いをした、と言ってしまっては矮小化しすぎるのだが、そうであるなら「善」であろうとするザラストロの拉致行為もとりあえずは筋が通っているし、見ず知らずの若い恋人の二人に寄せる信頼と愛情も納得できる。
そして、この元夫婦を「善なるもの」と「悪なるもの」だとすると、「魔笛」の世界が急に見えてくるような気がする。
善悪の調和こそが世界なのだ。どこかで「善」「悪」が離れ、対立して世界が不幸になるのだ、と。

オペラの結末は、試練というものを経て何かを勝ち得たタミーノとパミーナ、試練には耐えられないパパゲーナもパパゲーナを得て幸せになり、夜の女王とモノスタトスは地獄に落ちてしまう。
善悪の調和こそが世界なのだ。という割には、勧善懲悪、予定調和ではないか?本当に王子と王女に世界は任せられるのか、二人は仲たがいしないという保証はどこにあるのだろう。子どもをたくさん作るとうたったパパゲーノとパパゲーナの幸せは、この次代の支配者の在り方にゆだねれているのではないか。
もしかしたら、クナーベという幼き者たちは、女王にも信頼され、ザラストロの城でも自由にふるまっている。戦いもせず天使のごとく、ここぞというときに行動する。この者たちこそが世界を救うものなのかもしれない。

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# by kanekonekokane | 2016-12-26 20:35 | オペラ

養老山地~ダイラ~


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ダイラというらしい。養老山の北側にある表山、裏山という山の北に広がる平らな地形である。
この日は勢至の部落から行平尾根を登り、石灰岩が露出した峰を越えてダイラに入った。
600mほどの山とは思えない深さ、美しさ、趣がある。

最近、養老山地をよく歩くようになった。もともとトレーニングで私のうちから石津御嶽の五合目に上るということを週3回くらいやっていたが、時間のある時は石津御嶽山頂まで行くし、そこから南へ多度のほうや、北へ桜番所のほうまで走る。
養老の主稜線は林道を避けたり、県境の標識をたどったりで枝道が多く派生しているが、だいたい明確にトレイルはある。しかし支稜線になると、国土地理院2万5千分の1図にある点線はそのままではない。ちなみにわたしのトレーニング道である御嶽神社の参道はなぜか地理院地図では記されていない。
そんなわけで、ヤマレコなどにも記録のない尾根に少しづつ興味が出てきて行平尾根を思い立ったのである。

養老の滝の至近にある駐車場へいく道路の途中に表山へのトレイルヘッドがあるが、そこに自転車をデポして、車で移動。石畑と勢至の境の谷の堤防に車をおき、東海自然歩道から行平谷の南支流に入り、尾根を適当に上る。GPSと地図の点線は一致しないので、歩けるところを登っていく。
点線の道はほぼ消えている。

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痩せた尾根と浅い谷が構成する複雑な地形。
写真はやせ尾根の幅以上に木の根が張っている箇所で、写真で見るより両側は切れ込んでいて、回り込むのに苦労をした。
次第に谷が食い込んで尾根が消え、谷を行くことになる。谷は落ち葉が数十センチ積もり。それなり歩きづらい。
尾根、谷を繰り返してやがてダイラに出る。
GPSを頼りにルートファイディングを楽しめるいい山である。

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落ち葉に火が付かないように落ち葉を掻きわけて、アルコールストーブを置く。湯を沸かしてコーヒーを淹れる。
ただただ静かである。
それから裏山、表山、ふみ跡が残っている尾根を下って、自転車を拾い車に戻った。

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# by kanekonekokane | 2016-12-20 20:42 |

4年ほど、寝かせてあったブログを再開。

とくに何かがあったわけではないけど、やはり書き留めておくということは生きていく上で必要なことだ。

とくに何かがあったわけではない、と書いたが、1127.日曜日に、津の第七劇場と台北のShakespeare'sWild Sisters Groupの「罪と罰」、「地下室の手記」をみて、この感想は書き残しておきたい、と思い、じゃ、ブログにでも書いておくか、というわけである。

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 「罪と罰」は、演出の鳴海さんがトークで「骨格しか残ってない仕上がり」と言っていたが、原作の骨格に新しい肉がついて新しい「罪と罰」になっている。
 呑んだくれのマルメラードフが酒場で饒舌にしゃべるくだりで、服を脱ぎ棄てパンツそれも金ピカのビキニ一枚になってしまう。そして、ブタの被りものを被るのである。これだけなら「駄目な男の表し方」くらいで終わるのだが、彼が死んでしまってから、なおもこの姿で最後まで「狂言廻し」として出続ける。時にはラスコーリニコフの内面となり、時にはソーニャの母になったりである。さらに金貸しのおばあさんもブタであり、ラスコーリニコフを追い詰める予審判事も最後はブタの被り物である。これだけなら、傲慢なラスコーリニコフの目に映る「俗悪な者たち」はブタなんだ、となるが金貸しばあさんの妹、そうばあさんといっしょにいただけで殺される、ソーニャの友達のリザヴェータまでもブタなのである。
 そうなるとブタの意味は分からない、ましてや金ピカビキニはもっとわからない。ただ奇妙ないでたちの狂言回しがいるのは劇的な緊張と滑稽な緩みを与えてくれる。
いまだにあれらがなんであったかはわからないが、妙にリアルなブタの被り物がふと今でも思い浮かぶ。
 あれはなんだったんだろう・・・
 
 それぞれのカンパニーは、一人づつ女優を交換している。「罪と罰」のソーニャは台湾の女優が演じた。日本語のセリフに中国語で答える、という風である。これまでもそういうのはあったから、びっくりはしなかったのだが、「地下室の手記」で台湾俳優に混じった日本女優の使い方は面白かった。
 
 「地下室の手記」は、原作の一人語りをそのまま群読のカタチで演じるのだが、中国語のセリフの中にポツンと日本語の単語をいれたり、その逆だったり、同時に中国語と日本語のセリフを言ったり、日本の女優が中国語でセリフを言ったり、その逆だったり、脈絡なく英語になったり。つまりはセリフの内容を頭で追うことを少し拒否される。
 さらに字幕の書体、大きさ、色、縦書き横書きと変化して短い中国語を日本語に訳すと長くなるので字幕のカットが短いこともあって、字幕を読むのも拒否される。
 「頭で理解するな!」「コトバを信じるな」ということなんだろう。さらに衣裳を人形劇のように使ったり、振付のついた動きだったりで原作を短縮しただけともいえるが、演劇として十分に楽しめた。
 「地下室の手記」の何か新たなものを見出すことより、多言語演劇の面白さを十分に演出してみせ、セリフや字幕で何かを得ようと思う小賢しい観客に、演劇的な楽しみ方を教えてくれるものになっていた。
 特筆すべきは台湾の俳優たちの魅力的な声と美しい動きである。久々「俳優」というつややかなものを感じ取れた俳優群であった。
 もう一つ、こんなプロジェクトを三重県文化会館と台湾の劇団が成し遂げたのは素晴らしいことだと思う、3年継続らしいから来年が今から楽しみである。

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# by kanekonekokane | 2016-12-03 11:26 | 演劇