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田代池まで行くんだ!


 休みの日。15時。自転車を5キロほど漕いで道の駅「月見の里」まで行く。そこから水晶の湯まで、ずいぶんな階段と急斜面を走りあがる。ここまではフルアウトでいく。そうしないと止まってしまう。ここから車の入ってこない舗装路をゆっくりと登り、やがて舗装が途切れ山道になり、行基寺の尾根へ上がるのだが、そこの小さな谷道でいつも足が止まりかける。破砕帯の露出した谷で道が崩れて走りずらい。
 今日は一気に行ける気がする。怖気づく脳は、血液のみなぎる四頭筋に励まされて「もしかして今日は行ける」と思いこみ、そして尾根まで走り切る。
 345点を過ぎると行基寺尾根のゆるい登り下りになるのでリズムよく走る。樹林の中なので日差しは気にならないうえ、時おりの谷風が心地良い。「もうどこまでも走れる」と脳は思い始める。
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 送電線に沿って尾根を上がっていくと濃尾平野が広がる。
 脳は来てよかったね、とわたしに言う。
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 すぐ近くの川は揖斐川。よく見ると二筋になっている、手前は支流の津屋川。緑の線がみえるが、長良川。木曽川も見えているはずだがよくわからない。遠くに白く名古屋の北が見え、青空に梅雨の雲がなびいている。
 養老の主稜線に近づくと斜面が急になり、脳はまた怖気づいて「もう休みたい」といってくる。わたしが「田代池まで行くんだ!」というと、脳はしぶしぶ休みの提案を引っ込める。
 
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 田代池につく。月見の里から約5キロ、1時間15分。
 傲然と汗をかいた。17時前。風がもう冷たい。休まずに下る。1時間で水晶の湯につく。濃尾平野を見下ろす露天風呂で素っ裸でストレッチをする。
 「早くビールを飲みに帰ろう」と脳が言う、わたしもそうだね、という。やっと同じ意見になる。

# by kanekonekokane | 2019-07-12 20:56 | トレイルラン~ランニング | Comments(0)

 「赤旗」日曜版2019年6月30日号に、作家、温 又柔(おん ゆうじゅう)が1ページ使って紹介されていた。「台湾人なのに中国語がへたで、日本語にこんなにも頼っているのに日本人とはみなされない。」という彼女は、Wikipediaでは台湾籍の日本の小説家」と書かれている。家庭では台湾語と中国語(北京語)で外に出れば日本語を話していたという。日本にはこういう人はたくさんいるはず。韓国籍の作家、柳美里がどのくらい朝鮮語を話せるのか知らないが、やはり家庭と外の言語が違っていたはずだし、いまは確実に日本語が母語だろう。
 ハーフも含めて「純然たる日本人以外は多かれ少なかれ、国や民族、ことばに悩み「自分は何人なのか」と考えたと思う。「台湾人としても日本人としても中途半端な自分を肯定したかった」と温 又柔は言う。
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 日本生まれのイギリス人作家であるカズオ・イシグロは、家庭では日本語を話していたが、今はほぼ日本語は話せない。 
「イギリス人としても日本人としても中途半端な自分」とは思っていなかったどころか、積極的にイギリス人であろうとしたと思う。しかし本当のところは「中途半端」ではある。「中途半端」はあまり良い表現ではない。「ダブルルーツ」であるといえば良いのかもしれない。イシグロが悩んだか悩まなかった知らないが、少なくとも温のような、あるいは柳美里やそのほかの東アジアルーツの日本人作家ほど悩まなかった、と思う。
 それは当然、日本、あるいは日本人の東アジア人に対する態度に因るものだと思う。もしヨーロッパやアメリカにルーツを持つ日本人作家ならもう少し別な悩み方があったような気がする。
 そういう、さまざまルーツを持つ日本語の使い手が、言語や文化についての自分の意見や思いを発言したりすることは「純然たる日本人(たぶん)」の私はわが言語と文化を考え直す機会になる。彼らの創作が直接そういうことを描いていなくても、そこに潜んでいる民族のDNAをかぎ取りたくなるし、たとえ作者がそうは思って書いていなくても、私はわずかな痕跡を探そうとしてしまう。
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「日の名残り」を読み始めて「イギリス人みたいだ、イシグロは」というのが正直な感想であった。小説読みの素人にとって当然な思いだと思う。たとえ幼い時からイギリスに住んでいたといえ「日本人」が、イギリスの貴族階級の執事の内面、外面を描けるなんて!と。
 読み進めていくうち、これって日本の江戸末期か明治期の武家や華族階級の世界に通じるなあ、と思えてくる。そう思えば「日本人」イシグロにとって、イギリス貴族の執事の内面は意外に理解しやすいことだ、と思った。
 最後まで読むうちに、そうではない、ここに描かれているのは近代的な個人の確立が遂げられず、自己防衛のために欺瞞し、なおそれに自ら気づかない人格を描いてる小説だとわかる。イギリスでもこういう封建があったのか、と思う。漱石に描かれた、しがらみにとらわれて決断できない人を思い起こす。女性に対する態度はまったく漱石の小説と同じである。
 主人公のスティーブンスは滑稽である。恋しながら、その相手から思われていながら気づかず、あるいは気づいても何もできずにいる。主人が明らかな失敗をしても、なんだかんだといって主人を奉り、何とかして正しかったと思いこむ。そういやって自己肯定し保身を図る。
 読み終われば、わたしはこの小説のどこかに「日本」を探す必要はなくなっていた。もっと普遍的な近代の個人の悩みを描いている。

 しかし、イシグロは、大江勘三郎との対話の中でこう語っている。
「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、強いイメージを頭の中に抱えながら育った。英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた」
「想像上の日本」をイギリスの投影したから、この小説が普遍性を持ったのではないかと思う。
 温にせよ、イシグロにせよ、二つの祖国によって醸成される普遍があるような気がする。


# by kanekonekokane | 2019-07-09 23:01 | | Comments(0)

 木曜日に岡崎、石原夫妻と名古屋のSILVAで夕食。二人とは2年おきにピアノデュオのコンサートを3回続けている。「来年の企画を話そうか、飲みながら」ということである。そのコンサート「手紙シリーズ」は、語りとピアノを絡み合わせるというもの。
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*2016年「印象派からの手紙」エリックサティを演じてるのは、なみ五郎氏。

 ずいぶん昔のことになるが、三重県津市の合唱団で語りを入れた演奏会をしたことがある。いわゆるママさんコーラスだが、結成50周年の記念演奏会だったので、団員全員から、演奏会で歌いたい歌とそれに添えて短い手記を描いてもらって、その中から選んで朗読と歌をつなげてみた。それらの手記は戦争の記憶、子育てしながらの合唱練習、職場での出来事・・・それらの手記を読みながら涙が止まらなかったことを今でも覚えている。一人ひとりの体験が生々しく語られていて選ぶのに苦労した。
 その演奏会の2部はイギリスの作曲家ボブ・チルコットの曲集だったが、これは私が詩のようなものを書いて朗読してもらって曲をつなげた。はじめ英語で歌われるのでその日本語訳を、といわれたが、どうも賛成できなかった。しかたなく私が曲のイメージを詩にしてしまった。わたしの詩と英語の歌詞とがどういうバイアスを作り、曲と私の言葉が少しずれながら別のところで共鳴すれば、と思った。
 今思い出したのだが、もっと前、京都で民謡のコンサートも歌と詩をつないだ。
 それからGONNAという名古屋の和太鼓とマリンバのグループで、ナレーションというより、ちょっとした演技を入れたコンサートも2度ほどやった。これは物語を作ったので、どうもうまくいかなかった。
 語りで音楽をつづる。思えばこういうことをしてきて、こういうことがやりたかったのだ、ということだ。
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 SILVAでスプマンテとキャンティクラシコのボトルをピアニスト夫妻と飲み、酔うほどに話が弾み、あっちへ行ったりこっちへ戻ったりの話題の迷路を楽しみながら来年のテーマが決まった。「ウィーンからの手紙~その光と影」。気がつけばあまり凝ったタイトルではない、むしろありふれたものになった気もするが、タイトルはズバリなストレートなほうがいい、と今は納得している。
 ウィーンの19世紀末は、帝国の崩壊と文化の異様なまでの隆盛、一方ではロマン主義が爛熟しつつ片方では表現主義が台頭し、現世謳歌と世界否定が一艘の時代という船に乗っていた。シュトラウスたちのワルツ、オペレッタがあり(これらは世紀末の概念には入らないのだろうが)、一方でブラームス、ブルックナーの荘重な音楽があり、マーラー、ヴォルフ、シェーンベルク・・・これらを1時間の中に織り込む!・・・あまり深く考えないほうがいいかもしれない。
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 「そういえばクリムト展が豊田に来るよね」みたいな話も出た。
 そんなわけで車をホールに置いて名古屋へでてきたので、つぎのホールへの出勤は自転車。養老鉄道~JR東海道線という道はあるのだが、たいていは自転車を使う。30キロ1時間半の道のりである。揖斐川下流に位置するわたしの家からは気づかないくらいの登りである。時に西北風が強いので、それにあらがって進むのが大変である。
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 *長良川の堤防 

 毎土曜日はサラマンカ少年少女合唱団の練習がある。3年生以下の子のグループがモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の練習が始まる。こう書くと「すげえ」と思うかもしれないが、3年くらいまでの子どもにはラテン語なんて簡単なものなのかもしれない。九九のおぼえと同じで「どうして?」とか「どういう意味なの?」とか問う前におぼえてしまうのがいいみたいだ。 
 合唱の練習が終わり、われわれスタッフはミーティング、子どもたちはCORO会といって合宿に向けての自主的な会議、保護者たちも座り込んで何かを話し込んでいる。一つの会場(結構広い)で三つのグループ(ほかに幼い子たちが遊んでいるのでグループ4つか!)がそれなりに夢中に話し込んでいる・この光景は民主主義のモハンのようなすばらしいものではないだろうか。
 終わって、この日は芝居屋「かいとうらんま」の若手公演があるので、アトリエゼロまで自転車を走らす。
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 「にっぽんばんざい~令和元年版~」
 どこかの国の工作船に7人が拉致される。拉致の理由も行先もわからない。7人はそれぞれ事情を抱えている。借金を抱え、今は直腸にモノを抱えているラーメン屋、子ども達が心配だが、割りと冷静で仕切りたがる教師、切れやすい看護師(彼女の病院はいい病院ではなさそうだ)、別にどうでもいいフリーター(かつてハッカーをやっていたらしい)、あまり売れてないタレントとその付き人、この人はLGBTである。それに他の6人のように「ここから出してくれ」とか「帰りたいとか」とか言わない、何か負担をかかえて黙りこくる会社員。
 会社員の持っていたPCで元ハッカーのフリーターが防衛省のサーバーに侵入して自衛艦の命令系統を乗っ取り、追跡してきた自衛艦から工作船に向かって威嚇射撃を命じる。轟音が船を揺らすのだが、最後の一発が命中して工作船は沈没する。
 海の中でだれかが夢を見ているのだろう。そこはラーメン屋で、借金取りのやくざ(らしい)がやってきている。やくざたちは思ったよりやさしい。彼らなら帰りたくないと泣き出すような現実ではないような気もする。それは置いておいて、なぜか拉致された者たちもラーメン屋に来て「本当の自分」のことを話し始める。
 会社員が船室のドアを開くと向こうから「パパ、お帰りなさい!」と子ども声が聞こえてくる。
 すべては「愛」というもので解決できるのかもしれない。それが幸福だと。
 その幸せはすでに海とともに失われているのか、拉致自体が会社員の夢だったのか、それはわからない。どちらにせよ彼の「幸福」は、夢のつづきでしかないような気がする。

# by kanekonekokane | 2019-07-07 18:41 | 演劇 | Comments(0)

 古い友人の古希祝いが来た。案内状をながめながら“あいつが古希ならオレも古希か”と今さらながら思った。
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 京都駅から高瀬川へ出て北へ上がる。高瀬川沿いの道は七條あたりから木が植えられていて気持ちがいい。五条まで上がると、川の中に行燈が飾ってある。川中に鉄の棒が設置してあるので、川底にそれを立てる穴が開いているのだろう。棒の上にさしてあるのは茅か?枯れていて判別できない。なにかのお祭りなのだろう、でもわからない。
 五条坂を上がって、今夜の宿にチェックイン。
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 清水下のサンチャゴゲストハウス。写真の左上、かかっている絵はコエーリョ「アルケミスト」の表紙絵の模写である。「アルケミスト」の主人公の名は、サンチャゴ。
 ドミトリー、一人ひとり仕切りのついたカプセル式。清潔なシーツ、シャワー、トイレ、洗濯機、乾燥機、スペースのあるラウンジ、テレビは見れない(見れないほうがいい)がWiFiはつながる。なんと1050円、この金額でやっていけるのが不思議である。もともと清水焼の窯元の販売店で壁には壺が飾られている。壮観。
 
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 五条からバスで百万遍に行き、頼んでおいたお祝いの花を受け取り、エイデンに乗って修学院。駅に降り立つと物凄い雨である。
 時間もまだ早いので、ファミマでコーヒーで暇をつぶす。加藤典洋「村上春樹は、むずかしい」を読む。
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 序文で、村上春樹が日本の文学でどういう位置にいるのか概括してくれている。村上春樹ってどうなの?と思っている人(わたしとか)には、いいかも。
 
 わたしが村上春樹を読んだのはずいぶん前のことだが、「風の歌をきけ」・・・自分の趣味、好みを書いている?という印象。「羊をめぐる冒険」・・・なんかわけが分からなくなって途中で放棄。「ノルウェイの森」この人のセックスとか恋とかの感じ方って、よくわからん。「海辺のカフカ」一気に読んだ(養老温泉ゆせんの里の「汗蒸幕(ハンジュンマク)」で4時間くらいかかって読んだ!汗蒸幕は韓国の乾熱風呂で5分間灼熱のドームに入る。このなかの空気は吸っては危険だと思えるくらいに熱い。タオルをフィルターにして静かに息を吸わなければならない。ラウンジに出て20分ほど休む。この時に「海辺のカフカ」。一区切り読んでまた灼熱に行く。4時間だから8回は灼熱にカラダをさらしたと思う。そういう環境の中の村上春樹は普通の村上春樹とは違ってくるのかもしれない。とにかく一撃で読んだ)
 ほかに「意味がなければスウィングはない」「辺境・近境」というノンフィクションも・・・これは面白いとは思わなかった。こねくり回している、とかいった感じ。
 
 今年、1月にインフルエンザに罹った。熱も出なくてウチでボーっとしているのが勿体ないと思い、5キロほどのところにある海津図書館に歩いて行った。なぜ歩いたのかというと、1月にしては暖かいし冷たい空気を入れるとカラダにいいかも、とわけのわからない理由からである。
 図書館ではだれともしゃべらないし長居はしないと決めていたのでさっと本を決めて、だまってカウンターに出しおばさんの出す伝票を受け取ると逃げるように外へ出た。
 借りた本は「1Q84 」だった。また5キロの道を帰って(歩くとじっとり汗が出て、カラダにいいのはこちらのほうだなと思った)ウチで読み始めた。おもしろい!三冊の長編はズンズン読めた。
 結局、20年の恋が実るという、いわば「ロミオとジュリエット」ロングバージョン、とても古典的。「12歳のときに手を握られたくらいで、運命の人になるのか?」そんなことを言うやつは到底シェイクスピアはわからないし「説教をぐり」もバカにするのだろう。その古典的な話型にミステリー、ハードボイルド、ファンタジーが少しづつ加味されて、素材の味がわからなくなったカレーのようなおいしさがある。これはもしかして「オーム」のこと?これは「赤軍」?と勝手な想像もさせてくれる。
 それから「アフターダーク」ふたたび「風の歌・・」、「走ることについて語るときに僕の語ること」を読む。そこで「どうして、村上春樹は一部には熱狂的なファンがいて、一部のひとに嫌われているのだろう」と思う。この人って、やはりこれまでのひととは違うぞ、と思う。これまでと違うなら、これまでももう一度読んでおこう、となってもう一遍、夏目漱石あたりから少し読んでみようと思っていたら、ヴォイスブックを見つけたというわけである。ヴォイスブックで漱石、荷風、太宰とか立て続けに聞いた。日本文学は読むより聴く方がいい。伊勢物語などは聞かなければ良さがわからないのではないか?現代の小説(「夜は短し歩けよ乙女」とか・・・実はこれは最初に聞いたヴォイスブックで、朗読のカワイイ声に聞きほれたのだ)も、である。

 いまはファミマの中である。
 小学生の女の子と母親(だと思う)が二組、イートインのカウンターで書きとりを広げておしゃべりをしている。いや、おしゃべりは母のほうで、子どもはあそびつつ書き取りをしている。隅に学生らしき女性がノートブックのキーボードを打ち続けている。
 わたしははじめ、加藤典洋のような人が村上春樹を積極的に肯定しているとは思わなかった。加藤さんの本はそんなに読んでいないが「アメリカの影」を上原隆にもらって読んだ。鋭い切り口、どういう立場なのかわからない孤高の批評家という印象である。その人が評しているなら、と思って図書館(この図書館は岐阜県図書館)で借りたのだ。
 加藤さんは「野球帽をかぶった文学?」と初めの章に書いている。ホントに野球帽をかぶっている村上春樹っているんだろうか?と思ってよせばいいのに、検索してみると一枚だけ見つかる、ツバを後ろにしてメガネをかけている。この人物が村上だとは書いていないが、たぶん間違いない。こんなことはどうでもいいことだが、うまい言い方をするものだと感心する。

 序文だけ読んで古希祝いの会場に向かう。雨はすっかり上がっている。ファミマの外でばったりとGONNA(名古屋の和太鼓とマリンバのアンサンブルチーム)の小林辰也にであう。やはり古希祝いに出向くようである。
 「北山モノリス」というから黒い縦長かなと思っていたら、平屋の普通のレストランだった。最もこのあたりにモノリスのような無機質は似合わないので、それはそれでよかった。
 モノリスで400万年ぶり、ではないが10年ぶりに友人と再会。彼、ひがしむねのりは「太鼓センター」という和太鼓の教室を展開している会社を作り経営してきて、もちろん今は成功している。和太鼓の世界に10年ほど携わっていた。ひがしが「祭衆」という割と気の利いた名前で楽しい奏者のグループをつくったので、わたしがその公演を手助けしたというわけだ。そこを辞してもう20年近い。なつかしい顔が集まった。口々に祝いの言葉を言い、祝いの演奏をした。わたしにはどこか白けるところもあったというのが正直なところだ。ひがしが最後のあいさつで“太鼓センターは健康サービス産業”みたいなことを言った。とても腑に落ちる。ただ“太鼓をやっている人が太鼓で食べていきたい、と思ったらまず太鼓センターのドアをたたくようになる”、そういう専売はどうも私にはなじまない。
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 とまれ、大きな交通事故で死の瀬戸際まで行き、わたしがインフルエンザになって村上春樹に再開した時期に、彼は脳出血で倒れ「もう終わった」と彼の息子が思った事態に至り、いまここでこうして元気に古希を迎え太鼓をたたいているのだから、すてきなことである。
 この宴席で塩原良さんが大太鼓を演奏したのだが、この演奏はすばらしかった。太鼓というものに久々に聞き入った。わたしのテーブル(音楽センターの時田さんや照明の沢井さんとかが同席)で調律できる和太鼓の話をしていて、あいさつに立った浅野太鼓の代表取締の“太鼓の原点を見なおせ”みたいな話を聞いたばかりだったので、その答えを演奏でしてくれたように感じた。
 太鼓の革は不均一で、それもその日の状態で音が変わる。その音色を確かめ、会話するように彼は打ち込んでいく。調律ができる太鼓だとこうはいかない。不均一な革ならでこその打ち手と革の対話があるのだ。またこれが「太鼓の原点」だとは思わない。こんな大太鼓を一人でパフォーマンスを交えて打つなんて、ここ40年ほどのことで古来の日本の太鼓ではない。「40年も伝統だ」と言われれば、その通りです、と答えざるを得ないのだが。
 わたしには何という歌だかわからないのだが、彼はうたう。タマシイという言葉はあまり好きではないのだが、そういうものがあるなら、そういうことなのだろうと、ふと思う。もっと何かしたいという気迫があるのだが、それは彼のカラダの中に納められ、わたしたちには簡単に見えない。またそれでいいのだと思う。演奏が終わって着替えてきた塩原さんにお礼を言いに行った。
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 さ、帰るぞというときに笛のタキが枡酒ををもってきて、飲んでという。仕方ないので、飲み干す。うまい!

 岡崎に帰るという三浦太鼓の三浦和也くんのクルマで清水まで戻る。
 ラウンジにかかる「アルケミスト」のサンチャゴ。彼に手をあげて「ただいま」と言う。
 酔ってはいるが、また「村上春樹は、むずかしい」を読み始める。やがてそのまま寝落ちする。


# by kanekonekokane | 2019-06-30 20:11 | | Comments(0)

 「ふじのくに」の翌日、三重県津市の美里にある小さな劇場ベルヴィレで「オズの魔法使い」をみた。ここのレジデントである第七劇場、鳴海康平さんの台本演出。
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 *ベルヴィレの「2019春シーズンプログラム」。左の山の右に流れる尾根の途中に風車がたっています。青山高原の風力発電の風車です。Belleville=美里の風景です。

 「オズの魔法使い」は、これまで多くの再話、映像化などがされてきたので、なんとなくお話は分かっている気もするが、よく考えてみると、いくつかの疑問が浮かんでくる。「物語の疑問って、そんなのはあって当たり前でしょ!疑問のない、つまりわかりやすいものなど面白くない!」その通り。ただ、どうもその疑問に秘められている大事なことを見逃して再話されているんじゃないか思うことがある。
 ドロシーはどうして「灰色の不毛のカンサス」に固執するのか。かかし、ライオン、木こりはそれぞれの望みが「こうなりたい」と自分の変身を望み、その望みの本質に気づき、しかもそれ以上のものが手に入る。だが、ドロシーの望みは、ただ「現状復帰」でありそれ以上ではない。
 このことはさておいて「望んでいることはすでに自分の中にもっている」という解決にまとめられるのが、なんとも居心地が悪い。この解答に文句をつけているわけではない。ドロシーにしたって「カンサス」は「すでに自分の中に持っていた望み」で、それを再発見しているのだから。
 でも、苦労の果てに、いえいえ悪い魔女といえども二人の老女を死に至らしめるような経験を経てドロシーの得たものは何だったのだろう?しかも魔女から「奪った」銀の靴まで失って。
 そもそも、ただの奇術師だったとバレてしまう恐るべき魔法使い「オズ」とはなにものなのだろう。
 物語をどう読むか、ということは読み手、とくに再話するものの自由で「このエピソードはいらない」「このテーマはわたしには興味がない」「この登場人物はいなくていい」くらいに読み直すのは当然で、わたしたちはいつも、その再話者の読み込みが楽しみで本を開き、映画館のチケットを買い、劇場の椅子に座るわけだ。
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*ベルヴィレと鳴海浩康平氏

 文庫本で250ページほどの物語を45分でまとめる!そんなことは鳴海さんにはどうってことのないだろう、と思いつつ客席に入ると、すでに女優が舞台をゆっくりと右左に歩んでいる。彼女はまだドロシーではなくて、入場してくる客に「こんにちはようこそ」とか微笑んで迎える。照明は緑の地明かりに中央の女優のエリアだけが生明かりである。ベルヴィレの舞台は壁も床も白いので、地明かりとしては珍しい緑が効果的である。
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 四人の俳優しか出ない。かかしも木こりもライオンも一人でやってしまう。北、南、西の魔女も一人の俳優。
 竜巻でオズの国にやってきたドロシーは、たいへんな旅の苦労を経てオズに会い、はてまた西の魔女に会いに行くのだが、ここではアッという間に西の魔女にたどり着いてしまう。
 ここで原作にはないことがおこる。ドロシーは西の魔女に水をかけると、魔女は溶けていくのだが、ドロシーはあわてて水をふき取ってあげて魔女の命だけは助ける。西の魔女は魔法の力がなくなり、せめてドロシーの履いている銀の靴だけは返してくれという。その靴は、竜巻で家ごとオズの国に飛ばされてきたときに、その家の下敷きになって死んだ東の魔女のもので、東の魔女は西の魔女の妹だった。それで妹の靴をかえしてくれという。
 ドロシーは、南の魔女から、銀の靴のかかとを床にトントンとすればどこにでもいけると教えられ、カンサスに帰ることができる。そして靴だけをトントンして、西の魔女のところへ飛ばしてあげたのだ!
 鳴海さんは寛容の心をドロシーに与えた。東の魔女の死は仕方のない事故だが、西の魔女に対する「業務上過失致死」の罪は免れたのである。しかもカンサスに戻ったドロシーが銀の靴をなくしたことの理由も明らかにした。
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 原作ではカンサスの戻ったドロシーは銀の靴を履いていない。それはオズの国は、この世とは違う「ファンタジーの国」で、竜巻によってファンタジーの国に行ったのだ。そこでの出来事はこの世では夢なのだ。だから夢の中で得たものはこの世には持って帰れない。(実際、ディズニー映画では、実は夢でした、で終わる)
 だから原作でもドロシーは「業務上過失致死」には問われない。村上春樹の「1Q84」で、1Q84年の世界で行われた“青豆”による殺人が1984年に戻ってきたときに“青豆”が罪に問われないように。「1Q84」の高速道路の非常用のはしごが「オズ」では竜巻なのであり、「ナルニア国物語」ではタンスなのである。
 鳴海さんは「夢」ではなく「現実にオズの国に行った」という物語にした。
 ドロシーは、西の魔女とのたたかいで「寛容」というものを得た。灰色のカンサスで彼女は、これからの人生を生きていくうえで「寛容」(こんな一言では済まされないが)をもって生きていくことができるだろう。
 カカシ、木こり、ライオンたちは「オズ無き後のオズの国」で、それぞれ国を治める「王」として生きていくことになった。このことについては鳴海さんは特に追及していないが、その生き方とドロシーのそれとどうしても比べたくなる。目的のためにいわば「異種」の者たちが団結してたたかう、これは「さるかに合戦」「桃太郎」と同じ話型である。そして、これらのたたかいのあとに得たものは「勝ち」や「財宝」である。しかし、ドロシーの場合は「寛容」と「元の生活」である。
 そうなのだ、あの震災で被災者たちは、なべて元の普通の生活への復帰を口にした。そして被災者たちも「寛容」得たのだと思う。
 灰色でもなんでも、カンサスはカンサスなのだ。ドロシーはきっと胸を張って生きていくことだろう。

# by kanekonekokane | 2019-06-25 21:44 | 演劇 | Comments(0)

少し前のことを書く。

 G.W.には毎年のように静岡の「ふじのくにせかい演劇祭」に出かけ、駿府城跡の草の上で、時に寒い5月の風、時に暑い5月の陽をカラダに浴びながらビールを飲むのである。
 昨年は『マハーバーラタ』、愛し合った夫婦の何年にも及ぶ「別れと苦難の果ての再会」。客席を円形に取り囲んだ舞台を走り回る展開、物語の壮大な予定調和の結末、インドネシア風?の打楽器の生の劇音楽・・・春の野外劇場での祝祭的な演劇としてはまたとない作品である。
 予定調和というのは好きではないのだが、古典となると別だ。調和的幸福は凄惨な物語の末にやってくる、その幸福には無数の犠牲がある。それは神話や説話を生み出した民衆の現実と希望が反映されているからだ。「それから、王子様と少女は幸せに暮らしました」というのとは少し違うと思う。
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*宮城聡演出『マハーバーラタ』(ふじのくに演劇祭2018)の大団円

 さて、今年の五月は『マダム・ボルジア』である。中世イタリアで権勢をふるったボルジア家の令嬢ルクレティアの生涯を描いたユゴ―の小説を宮城聡が脚色。ドニゼッティのオペラもあり、映画やテレビドラマも何本かあって、ヨーロッパではくり返し語られてきた実在した女性の物語である。
 伝えでは「美女」にして「悪女」、それも父と兄とも交わった言われ、4度の政略結婚を経て最後は産褥のために死んだとされている。
 ユゴ―の小説もドニゼッティのオペラはもちろん史実(そんなものいまや誰にもわからないのだが)ではないのだが、ルクレチアは産褥ではなく息子ゼンナロによって殺される。ゼンナロは幼いときに母に手放されていた(なぜ?ルクレチアと弟の間の子だから?)ので、ルクレチアが母とも知らずに・・・。
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*SPACのブログから。稽古風景。ルクレチアが、寝ている息子を見つける場面。

 策略によって毒を飲まされたゼンナロに、ルクレチアは解毒剤をわたすが、彼は潔しとせず(同時に毒をのまされ仲間を置いて自分だけ免れることを)、ルクレチアに向かって剣を抜く。
 ルクレチアは母だとは名乗らない、ただ、あなたには逃れてほしいとだけ懇願する。ゼンナロは目の前の女が自分に恋慕してのたわごとだとばかりに、剣でルクレチアにつく。秘密は息も絶え絶えになった母から、やはり瀕死の息子にあかされる。「わたしはあなたの母」と。

 わたしは少し「えッ!」と思った。そこで名乗るなら解毒剤を渡すときに言うべきだろう。
 秘密を守りたかったのは、身持ちの悪い悪女が母だと知らされたときの息子が怖かった?
 せめて剣を抜いたときにそれを告げていたら、悲しい結末は避けれたのではなかったか?
 なぜ、死が確定的になったときにあかしたのだろう。なぜわざわざ、母殺しの重罪を、死を前にした息子ゼンナロにかぶせたのだろう。せめて葛藤なしであの世に行かせても良かったのではないか。
 しかし逆なのかもしれない、真実を受け入れて母と子として「手に手をとって」あの世に向かいたかったのかもしれない。これを言わねば死にきれない、とばかりに。 しかし、言われたゼンナロはそれを聞いたら死にきれないかもしれないのだが・・・

 ルネサンスのイタリアは日本の戦国時代に置き換えられ、ゼンナロの仲間=ベネチアの傭兵たちは太刀を履いた武将に扮して登場。開場前から武将たちが整理番号の区切りで「みなさんは三河の国です」とか叫んで「三河」とされた客席に誘導する。1幕が終わると、客は武将たちに誘導されて席を移動、ボルジアの館に入る。われわれの大将である武将たちは、われわれの目前で毒殺されるが、われわれは途方に暮れるわけでもなく、拍手をして武将たちとルクレチア、ゼンナロを生き返らせた。
 この日は通り雨が開場前にあった。湿ってひんやりした土と空気に包まれて、いま何をみたのだろう、とわたしは思った。
 
 
 
 


# by kanekonekokane | 2019-06-20 14:05 | 演劇 | Comments(0)

紀伊半島は不思議な魅力に満ちている。
山々と海が接し、神話、伝説、信仰、歴史が混とんとして横たわっている。
紀伊半島がどのあたりからなのか、時おり考えることがある。
わたしの住んでいるところから6キロほど南下すれば三重県北勢地域、つまり「伊勢の国」に入る。多度から桑名に入ると「海」を感じる。このあたりから海岸は伊勢湾に沿って南に延びて紀伊半島になっていくのだが、伊勢までは伊勢湾に面していて、海は穏やかだし山も迫っては来ていない。伊勢を越えて海沿いなら志摩半島、山沿いなら多気あたりから空気が変わるのがわかる。「熊野への道」に入るのだ。
同じように西側の空気を想像してみる。和歌山の北に連なる金剛山から加太岬の山脈(あこがれのダイヤモンドトレイル!)までが紀伊半島だろう。すると内陸部はどのあたりまで紀伊半島なのだ?
 吉野川の上流に高見山があり、そこから南に下る尾根と東に延びる尾根がある。そのあたりが紀伊半島の北の端なのだろう。
紀伊半島の聖域への、北の入り口は吉野であり高野口だと思うが、吉野川と櫛田川、宮川が東西に分かれる分水嶺=台高山脈も紀伊半島への入り口だろう。
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  *高見山から東の空を見る。

 高見山から尾鷲まで80キロを、2泊3日で抜けている記録を見て無理だろうと思いながらも計画した。大台ヶ原まで50キロ、これだってかなりの距離である。しかし尾鷲まで行くつもりで歩きだす。そうでないと大台ヶ原までも危うい。

 21日中に登山口まで行こうと、午後家を出て、榛原まで行くがなにを間違ったのか、菟田野からのコミュニティバスが終わっている。迷いもなく菟田野から暗くなったロードを16キロ歩いて登山口まで行くことにする。菟田野19時40分発。
 歩きながら赤坂真理の「コーリング」をオーディオブックで聴く。自傷行為する女、親知らずを抜くことに処置方法に異様な執着、歯科医に対する詮索をする女など、異常な感覚の不安な女性たちを描いた短編集。しかし、こんなものを聴きながら山の中を歩くこと自体、異常なのかもしれない。
 ときおり車が過ぎる。車がスピードを落とさずに過ぎていく方が安心である、わたしを見つけて速度を落としでもされたら、どういうふるまいをしていいのかわからない。月がどこかに出ているのだろう、山の端の雲がぼんやりと明るい。いくつかの人家をとおり過ぎる(こんなところに人が住んでいるんだ)。
 足がくたびれてきた頃、登山口に至る。22時。ここからは小説も音楽も聴かないで歩く。
 山道は階段が続きテントを張るような場所は見当たらない。1時間近く歩いて、やっと斜面が緩くなりこのあたりかと見渡したら目のまえに避難小屋があった。高見杉の避難小屋。そばに「高見杉」が相撲取りの名に負けない堂々たる存在で立っている。
 避難小屋というのは、だれでも少し気味が悪い印象を持つと思う。ヒトの気配が残っているからだ。空き缶やゴミが落ちている。しかしホラーなことを考える暇はない。テントを敷いてその上にシュラフを置いてもぐりこんだ。

 翌朝、5時には起きようと思ったが目が覚めたら6時だった。フリーズドライのパスタを食べて7時に出発。1時間ほどで高見山。峠まで降りるとトイレのある駐車場がある。峠から小さなピークをいくつも越え伊勢辻、馬駆場辻と過ぎ国見山につく。
 遠く明神平の鮮やかなみどり色が見えている。明神平で2人の登山者と行きかう。穂高明神を過ぎるとトレイルは不明瞭になる。ピークへの登りは広い斜面でも適当にピークを登ってく。たまにピー九を巻いてるトレースを見つけることがある。うまくピークの向こうの尾根に出れるときもあれば、往き詰まることもあるので、地形図と地形の判断が要る。ピークから尾根への下りもルートファインディングが難しい。いくつも踏み跡がある(たぶん多くの人が迷ったせいだろう)数十m進んでからGPSで確認して、正しい尾根をさぐる。これがやはり消耗する。
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とにかく今日中に池木屋までと足を前に出す。4時を過ぎた休憩でねころぶ。ねころんで見上げる新緑のまぶしいこと。
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 大地の冷たさが火照ったカラダに気持ちがいい。少し寝たかもしれない。
 起き上がり「池木屋まではどうしても行んだ、12時間なんて何度も歩いたことがあるじゃないか」とカラダに言い聞かせる。
 石灰岩地形のたおやかな山稜。緑色が滴る木々。靴が半分もぐる落ち葉の堆積。それにシャクナゲ。
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日没にあと15分という頃に池木屋の手前の池のほとりにつく。
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 ここでテントを張る。19時。しっかりストレッチをして、カラダをリラックスさせてから寝る。熟睡。
 6時発。池木屋山からの山稜は木と岩の大峰のような稜線が現れたり、やはり石灰岩地形の穏やかなものになったり変化が出てくる。道らしきものほぼない。
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 なんども迷いながら、GPSに頼って進む。大台辻まではと思うが、昼を過ぎたくらいから大台辻までは行きつけないと思う。
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 大台辻まで、まだ2時間以上はかかるというあたりで日没。大峰に沈む夕日を見ながら、1×2mのようやくテントが張れるスペースを見つける。
 ここから尾鷲まで行けても終電に間に合わないだろう。大台ヶ原から下山を決める。
 寝る前にストレッチをしようにも、そのスペースもなかなか難しい。翌朝スタッフしたシュラフを食事中に斜面から転がしてしまったくらいだ。沢の源頭の岩で止まったので、回収しに降りたが登りなおすのが苦労。気を付けないといけない。
 大台辻までの3時間はずいぶん長く感じた。
 意識して呼吸を整える。それは三回吐いて三回吸うもので、呼吸と歩みが合うときもあるが、呼吸が早いときもある。歩みのテンポより速いほうがなぜか楽になった気分がする。肺の中で血液が酸素を抱え込んで、筋肉に巡り、筋肉に酸素を渡すというイメージをNHKスペシャルで観た血液のままに頭に描く。「まだ1時間しか歩いていないのだ、もう30分くらいふつうに歩くんだぞ」とカラダに言い聞かす。
 大台辻までも道がほぼない。途中大杉谷の源頭の雨量計の近くになってやっと水場の標識を見つけて、これで無事に大台ヶ原までたどり着ける、と気が楽になった。

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 大台辻からはもともと遊歩道があるはずだが、荒れていてかなり危険な箇所もある。荒れていてもほぼ水平道だ。ひろった枝をポール代わりにして最大速力で歩いた。
 12時ドライブウェイ。30分ほどで大台ヶ原に到着した。カレーを食べ、コーヒーを飲んでから、東大台遊歩道をランニング。大蛇嵓を久々に拝んで、中道を使って70分ほどで一周した。脚力は尾鷲までの分は残っていたようだ。
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 ひさびさのロングトレイル。アプローチの16キロ、縦走路の50キロ。東大台遊歩道の6キロ、合わせて72キロほど。尾鷲まで行けなかったので、満足感とかいうものには、少しため息が漏れる。しかし歩けたという自信みたいものはある。

 バスに乗ってまたトレック・タイテニアムを頭にかけ本を聴く。鎌田東二自身の朗読で「天照大神」「古事記」・・・紀伊半島の谷を行くバスの中で聴くにはふさわしい鎌田さんの声であった。








 


# by kanekonekokane | 2019-06-18 22:17 | | Comments(0)

 サラマンカホール少年少女合唱団は、6月15日のホール25周年記念の「第九」で東京混声合唱団のメンバー、大人の県民合唱団と共演した。指揮山田和樹、オーケストラは愛知室内オーケストラ。ソリストは小林由佳、圀光ともこ、城宏憲、近野賢一。
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 大人の合唱団の稽古が毎月曜の夜、これに来れる団員しか参加できなかったが21名(オルガンステージにはソプラノとアルトのみ、バスの団員3人は大人に混じって歌ったが歌った)
 毎週土曜の通常練習の後に練習でドイツ語、高い音程をもクリアした。昨年、秋のオペラ「セロ弾きのゴーシェ」に続いて、この体験は子どもたちにとっては本当に大きい。
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 1楽章からオルガンステージにいて、2,3楽章と長い時間じっと黙ってオーケトラを聴いていなければならない。中には半分寝ている子もいるようだ。ティンパニーでドッキとしている。ほぼ全員がぼんやりとした気分になったころ、やっと4楽章、さらにしばらくしてやっと立つ、たぶん目が覚め始める、そして、やっとバリトンソロが歌いだす。
 指揮者は合唱を子どもだけの声から始める、という指示を出していた。果たして・・・。
 泉から透明な水が湧き出す、泉に呼び起された水があふれだすように合唱が満ちてくる。
 あそこはあの声でないとダメのだ、と思う。濁りのない水でなければと。
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 いわば主役であるソリスト4人が、オルガンステージ下手端にいる!まずない「第九」。
「未来はここに見える」と指揮者がわたしたちに投げかけているメッセージにわたしたちは応えていかなければならない。

# by kanekonekokane | 2019-06-16 12:37 | 音楽 | Comments(0)

 ヴォイスブック(聴く本)は骨伝導のヘッドフォンで聴いている。音漏れの心配をしていたが、わたしのはほとんど漏れないようだ。ちなみに機種はAfter Shokuz TREKZ TITANIUM。口コミによると国産はダメで中国かアメリカがこの手の品は良いとのことだったのでデザインで選んだ。ほぼ満足。 
 ランニングや山登りで小説を聴いていると、エピソードが道の記憶、風景と結びつく。その小説のくだりは風景とは、全く関係もないし連想もできないのだが、頭のどこかになぜか一つになってしばらく引っかかっている。
 『月の満ち欠け』は、海津の田植えの始まった田んぼと実った麦畑、その中を直線的に掘られた中江川を北に走り、蛇行する大江川を南下したので、その風景と絡んでいる。 
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*中江川

 月の満ち欠けのように死んだ者は生まれ変わる。それは不慮の事故で死んだものが、愛する人にもう一度会いたい人がいると起こりうる現象、という。前世を記憶する子どもがこの世にはいるのだ、とも。
 『月の満ち欠け』はそういう物語だ。蘇りの物語は随分とある。小泉八雲「怪談」の中の“お貞のはなし”。ある男が結婚を約束していたお貞と死別する。そのいまわの際に自身の生まれ変わりを予言する。男はその言葉を信じるべきか、どうか迷いながらも独身で過ごし、ある時、旅の宿でお貞にそっくりの女中に出会う。名を聴くと彼女は「貞」と答えて昏倒するが、回復して男と結婚する。
 愛する人を失えば、もう一度会いたい、生まれかわってほしいと願い、せめて物語の世界でそういう現実があってもいいと思うだろう。まして突然の死ならば、言い残しておきたいこと、やり遂げたいことは多くあったに違いない。
 随分前の韓国映画だが「イルマーレ」(イ・ヒョンスン)という作品があった(ハリウッドでもリメイクされた)。時間を超える手紙のやり取りとした二人が愛し合うのだが、男が事故で死ぬ。その新聞記事を彼女が読み、過去の彼に事故現場には行かないで、という手紙を送る。間に合わなかった、だから彼の事故の記事があるのだ、とあきらめた彼女。そこに一人の男がポケットから一通の手紙を出しながら近づき「今から言う私の話を信じてくれますか?」と言って映画は終わる。
 記事の現実と目に前に現れた男の現実とは矛盾するが、過去は書き換えられて彼はここにいるのだ、とわたしたちは信じる、そう信じないと物語は完結できない。
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 『月の満ち欠け』の中で、妻を亡くした男が、家に迷い込んできたオームが何度追い払っても離れないので、妻の名でオームを呼んだら鳥は「そうだ」と答えた。それでオームに妻の名をつけて一緒に暮らした、という話が出てくる。星でもいい、風でもいい、花でも石でもいいのだ。動物ならもっといいし、ましてや人間として生まれ変わってくれるなら・・・。
 もしかしたら、わたしも誰かの生まれ変わりなのかもしれない。だが、その「しるし」は何もない。誰かの生まれかわりだということも忘れて生きているのかもしれない。そうだとしたら、それは悲しいことでもあるが、現実を書き換えなければならない苦しみからは免れられている。
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 『月の満ち欠け』の「正木瑠璃」は三度生まれかわる。彼女は27歳で事故で死に「小山内瑠璃」としてよみがえり、18歳で前世「正木瑠璃」の不倫の恋人だった三角哲彦(あきひこ)に会いに行く途中で交通事故で死に「小沼希美」として生まれる。希美の母は妊娠中、おなかの子に「瑠璃という名にして」といわれたという・・・。
 希美は、7歳のとき、かつての夫だった正木竜之介に近づく。正木竜之介は、小沼希美がかつての妻「瑠璃」の生まれかわり知り混乱と怒りの中で、不倫の恋人であった三角哲彦に二人で会いに行くことになる。その途中で事故で死ぬ。そして小山内瑠璃の小学校時代の友人緑坂ゆいの娘「緑坂瑠璃」として生まれ変わる。
 緑坂瑠璃は、すべてを明かしてから小山内にこう告げる「生まれ変わりはあたしだけとは限らないよ」。
 小山内瑠瑠の父は、娘と同時に妻もなくしていて、今は新谷清美と交際をしているのだが、清美にはみずきという娘がいる。実は清美は妊娠中におなかの中の子から「梢という名前にして」といわれたのだが、中の一字だけは同じのみずきとした。小山内の死んだ妻の名は「梢」という名前だったのである。

 ここに登場してくる女性はみな「しるし」を感じ、「しるし」を示す。男たちは簡単に気付かない。「しるし」を示し、感じたが故に小学生の少女が中年になった男への恋路を貫いていく。こう書くと執念深いと思われるが、佐藤正午の物語の結末は、大きな不安を抱えながら、なお良かったと思えるのは、死者たちの思いのたけをいとおしく思うからだろう。
 
 大江川を南に下ると川が大きく膨らみ池のようになり釣り堀になっている。そのあたりから自宅のほうへ西北に向かって向きを変えて走る。輪中の家々の横を風に向かって走りながら、小説の最後を聴き終える。

 7歳の緑坂瑠璃が、50歳になる三角哲彦と、30年という時間を超えて再会を果たすところでこの小説は終わる。
 “「瑠璃さん」と彼は言った「ずっと待っていたんだよ」”
 無音になったヘッドフォンをそのままにして揖斐川の橋を走り渡る。

# by kanekonekokane | 2019-06-15 23:38 | | Comments(0)

小説を聴く


 きのう「梟通信~ホンの戯言」を読んで、ブログ再開を果たした件を書いたが、「梟通信」で何を読んだので、ということは書かなかった。改めて書くほどのことでもないとも思うが、桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』の感想を探して読んだのだが、梟氏の感想はわたしのそれとは違っていて、百年の孤独』を思わせると言いながらエピソードや語り口調が面白い」というのだ。「比べてみてホントにそう思うの?」とわたしは一人、突っ込みを入れた。
 そのことよりブログそのものに少し惹かれたのだ、雪の降る日に読んだらしく、「こんな日に読むべき小説」とタイトルしていることが、少し好きだと思った。
 それで他の記事を少し読んでみているうち、「9条の挑戦: 非軍事中立戦略のリアリズム」を触れている記事があった。その本の中で、その本の著者伊藤真が、
  軍隊は国民を守るものだと思う楽観
  武力で紛争を解決できると思う楽観
  米国は日本のために戦ってくれると思う楽観・・・
と、右派を皮肉るくだりを引用してから、
「いやはや、改憲して軍備増強を図るってことはとてつもない楽天家じゃないと駄目みたいだ。北が中国がと、枯れ尾花に怯えてアラートを鳴らし子供を机の下に逃げ込ませるようなペシミストには似合わないかもしれない。」と改憲派を皮肉るので、梟氏のことが好きになり、ブログの再開を思い立った、というわけである。
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*わたしの家の西側にある石津御嶽の尾根筋から東に少し降りた般若谷源頭で見つけた祠。トレーニングでこの山にはよくトレイルランで駆け上がるのだが、この祠は知らなかった。訪ね守る人がいるらしく、ワンカップが置かれている。

 ところで赤朽葉家の伝説』は、昨日オーディオブックで聴き終わった。石津御岳へ登り、石津山までトレイルランをしながら聴き、下りの中ほどで聴了(こんな日本語はまだない)。
 昨日書いたように比喩、人物描写はありきたりで、エピソードも人物も脅か「おどかし」みたいな手を使って気を惹くが、中身が詰まってないから脅かされただけになる。
 中身が詰まってない、というのは、細部にこだわるものが薄く、比喩がありきたりで「美しい」とかいう言葉でくくりすぎ、さらに「おどかし」の回収がほぼない、説明はあっても。
 「千里眼」や「山の人」といった不思議な現象も説明する傾向があって、シュールな事柄をこじんまりと解釈の中に収めている。マジカルリアリズムの技法というが、不思議な現象を現実として受け入れるというのがその技法だと思うので、この小説をその技法の枠で語るのは違うと思う。
 推理小説というカテゴリーらしいので、なぞ解きは当然なのかもしれない。それにしても、長編を貫く「空を飛ぶ未来視」のなぞ解きを「あれは飛んでいたのではなく、落下している姿だった」と解かれると、わたしは相当がっかりであった。
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*大江川沿いのカフェ「ガーデンアーツ」。
週に一度はロードを走るようにしている。海津図書館まで5.3キロほど走り本を借りる。今日は新着書の棚をみたら惹かれるタイトルが目に入った「月白青船山」朽木祥という人の児童文学。ちらとページをめくってみると「瑠璃」という文字がある。それで読んでみようと思った。「月の満ち欠け」の登場人物にその名前だったから。
図書館から大江川沿いに3キロ走り、ガーデンアーツに入り本を開く。小一時間読んでから5キロちょっと大江川沿いに走り、田舎道を通り家まで戻る。 

 今日、また一冊小説を聴いた。
 佐藤正午「月の満ち欠け」これはぐいぐいと読めた、じゃない聴けた。面白すぎて聴きながらのランニングがずっと続いてもいいと思えるほど。
 4人の「瑠璃」という女性(女の子)の生まれ変わりの話だが、各章の時系列を逆にしたり、事柄の結びつきも謎めいた描写があり、比喩も面白い。とくに結末の終わり方(二つの結末が待っているのだが)は、安心させながらもその後の出来事への不安も残している。
 「瑠璃」にまつわる夫、恋人、両親の設定、描写のふり幅も大きく、思いがけないものがある。
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*大江川。川、木々、家々、橋、釣り人、ゆっくりと曲がる道。なかなか無いランニングコースである。

# by kanekonekokane | 2019-06-13 22:54 | | Comments(0)