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きょうも良き日


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畑で


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キャベツ
大きな花を隠している蕾のようだ
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# by kanekonekokane | 2006-03-11 22:34

ミュンヘン


 WTCが見えるニューヨーク。
 映画の中の年代は、たぶん1973年であろう。つまりその二つの高層ビルが出来たばかりの年だ。
 それが、なぜ2001年9月11日に崩壊したのか。スピルバーグは2時間44分かけてその理由を語ったともいえる。

 スコセッシの「ギャング オブ ニューヨーク」のラストシーンでも、WTCが遠景で見える。この映画は2001年か2年の作品だった。ラストシーンは911の前に撮られていたらしい。
 WTCのシーンに重ねてU2が「われわれがアメリカを作ったのだ」とうたう曲が流れる。アメリカを築いたものへの、粗っぽい賛歌が感じられた。
 野蛮な短い歴史しかないが、アメリカは世界のトップに躍り出たぞと、少しは胸を張ろうとしたが、その象徴がテロで崩れたことで、完成した映画はきわめて皮肉なメッセージを発することになった。
 映画の中で、デカプリオ扮する新興ギャングが古い勢力に復讐の戦いをする。もちろんデカプリオは勝つのだが、そんな復讐の繰り返しが、幸せとはちがうものをもたらすということを、「ギャングオブニューヨーク」では監督の意図と別に証明してしまったのだ。

 スピルバーグの「ミュンヘン」は、復讐の連鎖が何をもたらすのかが、淡々と個人の生活や愛情のなかで描かれている。

 1972年ミュンヘンオリンピック選手村のイスラエル宿舎をパレスチナテロリストが襲い、選手やコーチを人質にして、捕らえられている仲間の釈放を要求した。
 逃亡のための航空機が待つ空港でドイツ軍が攻撃して、人質の11人が殺され、このテロに対するイスラエルによる報復テロが始まる。

 銃撃や爆発で人間の肉体と心が、いかに悲惨に傷つくかを、リアルに描いている。
 頬を横から射抜かれるシーンがあるが、人間は撃たれても簡単には死なない。だが、ほっぺに大きな穴をあけられることもあるのだ。背筋が寒くなった。
 電話に仕掛けた爆発物のスイッチを入れる瞬間、子どもが電話に出る。あわててスイッチを止めさせる。そんな「人間的」なことも、テロ行為そのものの中では何の意味もない。その父が殺されるのだから。殺したものにも子どもいる。そしていつかその父も報復で殺されるかもしれない。
 
 殺してはならない、たとえ殺されても。
 そういう勇気を誰かがどこかで持たなければ、本当に世界の平和はこない。
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# by kanekonekokane | 2006-03-10 22:53

ひさびさに


ひさびさに「水汲み」にいく。
 飲み水に清水を使っているのだが、リュックサックに2リットルのペットボトルを八本入れて、犬のPoohを連れて約20分ほど歩いて水を汲みにいく。
 ウチのすぐ西側には、高さ400mほどの養老山脈があるが、その山の麓には多くの清水が湧き出ていて、そのうちの一つ「住吉の水」を汲みにいくのである。
 海抜0mに近い集落から、急なのぼり道をいき、濃尾平野を一望できるあたりにそれはある。
 ふつう湧き水というものは谷間や森の中だが、この「住吉の湧き水」は急峻な傾斜の森が終わって、少しなだらかなみかん畑になるところにあるから明るくすがすがしい。

ひさびさに畑仕事をする。
 遅いジャガイモの植え付け。秋に蒔いた花の苗の移植。
 小松菜、正月菜、山東菜の蕾を収穫。蕾の奥に黄色の花が見える。これをおひたしにする。

ひさびさにGONNAに出勤。
 和太鼓とマリンバのアンサンブル「GONNA」のプロデューサーを引き受けているが、なかなか出勤できない。
 メールで仕事が出来るから、大方は滞りなく、ことは進められるが、オフィスにでないとメンバー、スタッフの気持ちがなかなかつかめない。 
 営業会議、引き続いて「打ち交わす」サポーター会議。
 「打ち交わす」は6月の企画コンサートで、今チラシデザインと曲目選定に悩んでいるところである。
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# by kanekonekokane | 2006-03-08 01:23

日記のはじめ


 毎年、2月は大学4回生と院生のオペラの上演があって、その準備に追い回される。ことしは2月18日に4回生の「子どもと魔法」、25、26日が院生の「魔笛」と続いた。
 さらに3月4日に兵庫県立芸術文化センターで「おさん茂兵衛丹波歌暦」の本番があった。
 さすがにくたびれた。

 昨年もこの「おさん茂兵衛」を丹波と篠山で2回公演したし、その2週間前には三重の県民オペラで「フィガロ」をやっている。もちろん大学のオペラも、だ。
 昨年は、その4つのオペラをこなしていたから、ことしはまだマシだったかもしれないが、ことしのほうがシンドイ。
 
 私は舞台監督である。
 演出の要求に応え、技術的なことをクリアして、段取りをつけて、予算まで心配しないといけない。
 お金がない中で、好きなことを言う演出家や歌い手に切れ気味になり、小屋のスタッフに気を使いながら、作業をしていくのは若くないと出来ない。
 そういう「忍従」の仕事に「美学」を見い出して頑張れたのは、若さの故だったのかと、このごろ考えるようになった。
 つまりは年をとったと言うことである。

 さて、「おさん茂兵衛」も終わって、丹波のある酒蔵に大道具を収めに行き、今日は小道具も返却して久々に岐阜に帰ってきた。
 そして、ゆゆが作ってくれていたブログに、はじめての日記を書いているというわけである。
 
 GONNA神戸公演までアト5週間。
 今日は垂水区の食堂「千成」にチラシとチケットの預かりをお願いしにいってきた。
 画家の姉、染色家の妹、彫刻家の弟、彼らの母が切り盛りしている店である。壁には絵がいっぱい書いてあるし、椅子もテーブルも手作り。
 カウンターの上に菜っ葉の煮浸し、肉じゃが、小魚の煮物、フライなんかが並んでいる。タクシーの運ちゃんが来て新聞を広げて御飯を食べている。近所の母ちゃんがおかずを買いに来る。
電話で弁当の注文が入る。
 
 ああ、そうなんだな、こういう人たちがGONNAを聞きに来る。そういうことをずっと考えていたんだよね。
 演奏のアトでこういうところで、この棚に並んだ泡盛かなんぞを飲みながら、ああでもないこうでもないと、話をして笑いあう。
 そんな、ちょっとした空想をしてみた。
 ヨッシャ、頑張るぞ!
 
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# by kanekonekokane | 2006-03-07 00:40