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きょうも良き日


by neko
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月・金星・飛行機


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 宇宙あり我も空行くひとりかな 猫
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by kanekonekokane | 2010-05-20 10:16

蓼科山


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蓼科に登ってきた。
大石峠から斜面を直登する道は、かなりシンドイが、
結構、あっさりと頂についた。

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南八ヶ岳。

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北アルプス遠望。

 山並みは雲を従え遠離る  猫
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by kanekonekokane | 2010-05-20 00:22

田立の滝


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岐阜県からすこしばかり長野県に入ったところ。
田立の滝という滝群を登る。
なぜか跪いて谷底をのぞき込むYuki。
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キャンプといえば、相棒になってしまったふたり。
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これがメインの霧滝。
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車まで戻ってきたら、もうこんなに暗くなっていた。夕食のラーメンを作っているところ。
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by kanekonekokane | 2010-05-18 22:52

歌舞伎


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狂言方。

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口上、というより挨拶。
農村歌舞伎の一日が終わった。
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by kanekonekokane | 2010-05-18 22:39

鳴神


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鳳凰座歌舞伎、一日目の最後の舞台は「鳴神」。
鳴神上人というからは、かなりの僧だと思うが、どうまはじめから、うさんくさい。
弟子のコント風のやりとりからして、おかしい。
いろいろワケアリで雨を降らさない呪いを掛けたらしい。
その呪いを解くべく、上人を色仕掛けで懐柔しに来た姫に、上人はいちころ。
胸は触るは、酒は飲むは、であっけなく呪いは解かれる。
姫役は女形でなく、女優が演じている。

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だまされたと知って、大見得を切って怒る鳴神。

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怒り心頭に達し、雷になってあばれまくるというのが物語。

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この坊主たちの中にも女性がひとり混じっていて、農村歌舞伎らしい。

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立ち回りが稚拙なのだが、十分に楽しめる。
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by kanekonekokane | 2010-05-18 10:12

熊谷陣屋


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「一谷嫩軍記」という五段の芝居は「熊谷陣屋」といわれる段(幕)が良く演じられる。
熊谷直実の陣屋。
そこに熊谷の妻と平敦盛の母とがそれぞれの子どもを案じてやってくる。
そして、直実はふたりに平敦盛を討ち取ったと伝える。
悲痛にくれる敦盛の母。同情する妻。

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やがて、源義経が家来を伴って現れ、首実検となる。
ところが、熊谷の差し出した首は、直実の子、小次郎の首。

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義経から「皇統を引く平敦盛を助けよ」と密命のため、わ
が子小次郎を身代わりとしたのだ。

もちろん史実は平敦盛が天皇の系譜ではない。
また、この芝居の筋はもっと複雑で、熊谷が妻と一緒になれたのは、敦盛の母の助けがあったからだとか、
歌舞伎らしい因果往訪、紆余曲折が物語に込められている。

この複雑な筋立てが飲み込めなくても、中間管理職である侍大将の悲哀や義経の冷ややかな態度が読み取れ、
ふたりの母への悲しみ。頼朝の腹心のワル。平敦盛の家来の人情味が観客の感動を誘う。

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「十六年は夢だ」と言い残して、熊谷は出家して旅立っていく。
男の身勝手といえばそれまでだが、
出世や戦勝に一生を費やしただろう実際の戦国武将に対する、強烈な批判が込められている。

舞台は幕が閉まり花道だけになり、観客の注視のなかで感極まる演技を見せてくれた。
太棹が花道の付け根まででて、歌舞伎ならでは演出である。

下呂でも山間の峠の集落に残されている、この農民歌舞伎は松竹の歌舞伎にはゼッタイないものを持っている。単に素朴だとかいうものでなく、もっと芯のある、演劇への情熱のようなもの。
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by kanekonekokane | 2010-05-14 13:56

鳳凰座歌舞伎


下呂御厩野(みまやの)の鳳凰座歌舞伎を見物
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大正八年の幕ということは、1919年だから今から91年前!
その幕が今でも使われているのだからスゴイという他はない。
がしかし、この小屋にはもっと古い幕があり、かつ使われている。
明治16年(1883年)の幕で、村中の女性の名前が書かれている。
休憩中の桟敷は村の情報交換の場。

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江戸の中期には御厩野に歌舞伎があり、文政10年(1827年)に現在の地に小屋が建てられたらしい。
今の建物は明治以降のものだが、立派で格式と誇りを感じる。
岐阜県には明治からの芝居小屋が他にも10ほど現存していて、どこでも歌舞伎を演じている。

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家族や親戚が桟敷で寿司や弁当を囲んで、芝居を楽しんでいる。
江戸時代からこういうことが行われてきたんだろうね、、
スゴイ!

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無料なのだが、祝儀を出すのが礼儀。
わたしたちも三千両を祝儀にだした。
そうするとこういう風に客席の壁に貼りだしていただける。
赤墨で書かれた「熨斗」が三千両と五千両と一万両と違っているのが、オモシロイ!
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by kanekonekokane | 2010-05-12 00:09