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きょうも良き日


by neko
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淡水


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 淡水の寺
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 淡水鎮は台北の中心からMRTで北に1時間ほど。
 台北市民の手軽な遊び場で、みやげ物や食堂が軒を連ねている。淡水河の広々とした河口があるだけで、特に何があるというわけでもない。
 川を渡してくれる船が出ているので、対岸に渡ってみる。
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 犬たち。

 観光地をめぐる旅をしようとしなくなった。
 名所に行き、説明看板を読み、写真を撮る。そういうのは、どうも気持ちが乗らない。
 淡水にも17世紀スペインの作った要塞があり、それが名所らしいが、市民に交じって、なんとなく時間を過ごすのも、旅の仕方。
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 ちりめんじゃこ屋さん。
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by kanekonekokane | 2008-04-28 22:45

旅のつづき


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 マレーシアの帰りに、一日だけ台北を歩いた。
 市場は旅に行くと欠かせない目的地のひとつ。ここは台北の郊外、淡水の市場。
 意外にきれいで京都の錦小路をもっと狭くしたみたい。 などと思っていたら
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 やはりこういう風景は、京都では、いやいや日本にはない。鶏肉の種類がスゴイ。
 そして、ヒヅメ付きの豚足。
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 日本の台湾料理店でも人気の腸詰。

 熱帯雨林からもどってくると、亜熱帯は涼しい。
 沖縄より南に位置するとは思えないくらい。
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 ヤッパリ亜熱帯。台湾バナナが山積み。
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 いいな、いいな、果物の山盛りって。
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by kanekonekokane | 2008-04-27 21:58

やはり新学期


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 これはもうひとつの授業。
 叫んでいる言葉は「バカヤロー」。
 大きな声を出せば、人は大きく息を吸う。それだけで、眠い午後の授業を覚醒することが出来る。
 いや、まあ、そんな理屈より、楽しくないとね、授業は。
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by kanekonekokane | 2008-04-19 21:39

新学期


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 大学の授業が始まる。
 一年生ではないので、知っている顔もいるが、だいたいが始めてである。
 出会い、とはいいことだと、毎年この時期になると、そう思う。

 いつものハイテンションで授業に向かうが、いつもよりさらにテンションをあげて、上機嫌の最高値で授業に入る。
 上機嫌は教室をホットな空気にし、学生の顔をあげさせる。
 学ぶとは、ともに語り合うことだ、顔が向きあっていないところで語らいはありえない。 
 
 みんなで「ウオー!」って叫ぼう、と言って撮った記念写真。
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by kanekonekokane | 2008-04-14 23:32

Rain Frest Lodge


 熱帯雨林だから蒸し暑い。何もしていなくても、ジンワリ汗がにじみでてくる。でも日本の夏の蒸し暑さとは違う。何が違うのかな?
 べっとり、みたいな感じがしない、日陰や風が涼しい、特に夜が涼しい、というところか。
 ジャングルの中だから木陰が多くので余計に過ごしやすい。
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 Rain Frest Lodgeの部屋から。
 木々を黒いリスが忙しく走り廻ったりしている。
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 ロッジのレストラン。あっさりとしてヘルシーなマレー料理のバイキング。シンプルな空間。十分で、しかし過剰でないサービス。優しい笑顔のスタッフ。とても気持ちいい。
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 夕方、セミが鳴きだす。大きな鳴き声。日本のカナカナのように、ゆっくりデクレッシェンドしていくのが、なんともマッタリとしていて、一日の終わりにふさわしい。

 ジャングルでは音が一日中絶えない。何種類かのセミが夕方から夜にかけてリレーをするように鳴いたかと思うと、蛙が鳴き出す。
 地面のなかで鳴いている蛙にであった。こいつの鳴き声がスゴイ。鳴き声に動物的なゆれとかがない。ブザーのように一直線に鳴く。まるで「一ベル」である。しかも、穴から聞こえてくるので音に方向性があって穴の方向から聞き耳をはずすと、音が小さくなる。
 たまにヤモリが申し訳なさそうにゲッゲッと鳴く。虫の鳴き声も夜昼かまわずに鳴いている。その声の大きさ、にぎやかさは日本の秋どころではない。
 夜明けは、鳥。日が昇るとともにどんどん種類が変化していく。
 森を歩いていても、少し環境が変ると鳴き声も変る。
 ここにいると音楽というものは、不要になる。
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 スコールのあがった霧のジャングル。

 マレーシアの旅も終わる。
 クアラルンプールの喧騒、民族のミクスチャア、ジャングルの豊かさ、それに3つの民族料理、、、、、 でも、この写真で旅の記録の終わりしよう。
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 保護区のそばでは、木が切り出されていく。この材木の多くが日本に運ばれているのだろう。
 この資源がマレーシアの産業であるから、保護ばかりでは自然は守れない。しかし、木を切れば強烈な雨が土を流していくことだろう。機械の力で力任せな伐採だけはして欲しくない。
 道は未舗装で、ところどころ赤土が泥んこになっていた。ぬかるみを避けて路肩を走るので、必要以上に道幅が広がっていく。道が広れば太陽の光がジャングルに入り、道の両脇の木々は枯れていく。雨が降ればぬかるみの赤土は川に流れ、やがて海を汚すだろう。
 せめて、道の舗装くらいして欲しい、とロッジの送迎車に揺られながら思った。
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by kanekonekokane | 2008-04-13 00:41

ジャングル


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 マレーシア・サバ州の特別保護区Danum Valley。
 Rain Frest Lodgeのガイドが、巨大な板根の前で説明をする。
 英語をもっと勉強しておけばよかった、と後悔しきり。わかった単語をつないでなんとなく理解する。
 この木の葉にはさわるな、とかいうのだけは聞き逃せないから「poison」という言葉や「leech」という言葉に敏感になる。
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 leech、すなわち「蛭」。フィンランドから来た人はたぶん見たことないだろう。そういえば東京からきた人も見たことがない、と言っていた。
 たまにギャーという声がして、足の辺りを払っている。
 わたしは笑ってみていたが、警戒心の緩んできた3日目、ツアーが終わってロッジに帰って手を洗ったら、洗面所に血がポタポタ。なんと手の指の間に食いつかれた。
 ガイドに言わせるとDanum Valleyに献血したということになるらしい。
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 カメレオン。
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 キャノピーウォーク。80mくらいある巨木の幹と幹の間に架けられた吊り橋。

 何回かジャングルの中をガイドとともにツアーする。リスや大きめのねずみくらいの鹿、その名もマウスディアやらムササビには出会えたがオランウータンや象には出会えなかった。
 
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by kanekonekokane | 2008-04-12 23:39

インド料理


 旅の楽しみのほとんどを占めるのが、食べること。
 わたしの場合は「グルメ」などとはほど遠いので味のよい「お料理」より、土地の人が食べる食堂で、土地の人と並んで食べるのが楽しみである。
 マラッカの最後に食べたニョニャ料理も家族連れが次々と来る店で、観光客はわれわれだけだった。(MELAKの記事の最後の写真)
 こういう店では、われわれのようなものは、珍しい客だから親切にしてくれる。
 店員が英語をしゃべれないので、オーナーが対応してくれた。彼女は活力と品を兼ね備えた中華系の女性で、過ぎないが押え所の利いた親切が気持ちよかった。この人に会えただけでも、この店に来た甲斐がある、とも思えた。
 
 マレーシアでインド人は社会的に地位が低い。だからマレーシアではインド料理店は確実に大衆食堂である。スレンバンで入ったインド食堂。
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ナン!
うまい!







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 左にあるのは、挽き肉のカレーを煮詰めたようなものを薄い皮でつつんで焼いてある。食べ応えがあり、しかもうまい。これも皿の隅にあるカレーソースをつけて食べる。カレー味のものにカレーソースである。
 ・・・ま、いいか。
 ラディッシュ酢漬けがついている(これはカレー味ではない)。真ん中はイカリングフライ、もちろんカレー味。
 右はビーフカレーとえびのカレーとごはん。
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by kanekonekokane | 2008-04-12 22:25

Melaka


 Melakaとはマラッカのマレー語表記である。これでマラッカと発音する。
 クアラルンプールからバスにのり、高速道路を降りるまでは早いが、停留所にとまっていくのでマラッカのバスターミナルまで2時間以上かかり、ターミナルからはタクシーで市内に行く。
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 有名な赤い教会が建つひろばから、川を渡りチャイナタウンに行く。
 チャイナタウンのメインストリートは観光客でいっぱいだけど、一本裏道に入ると情緒ある中華風でマレーコロニアル風な街を楽しめる。
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 イタリア?と思えるポルティコ風の歩道。
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 さらに裏側には長屋が建ち土産もの店に並んで、アーティストが作品を作って売る店が点在していて丁寧に見ると時間がいくらあっても足らない。
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 看板が面白い。LEE MIN ENTERPRISE 李明商店である。エンタープライズとは気負っている。
 小説漫画専売店と古い字体で美しい書体を使って書かれている。MENJUAL・・・の文字は完全なマレー語でわからない。右の星愿・・・の漢字は読めないし意味もわからない、社名のようだが。
 左のKOPIはもちろんコーヒー。「カフィー」と英語で発音するが、おじさん、おばさんになると「コピ」とマレー風に発音する。中国語だと咖啡、カーフェイである。
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 道教寺院で。
 マラッカの小さな街中に、仏教寺院、ヒンドゥー寺院、モスク(イスラム寺院)、それにキリスト教会が軒を並べている。
 マラッカは東アジアとインド、ヨーロッパを結ぶ海路に面した国際港だった。さまざまな民族と文化と宗教が根付き、共存してきた土地だ。
 マレーシアの諸民族(マレー人、中国人、インド人だけじゃなくポルトガル人の子孫もいる)にとってもごく初期のころから移住してきた土地であり、植民地としてマレーシアを占領していたポルトガル、オランダ、イギリスそして日本にとっても重要な土地である。
 日本の敗戦で再びイギリス領になり、1957年マレーシア独立宣言をあげたのが、このマラッカである。
 実に446年間の闘いの結果であるが、融合と共存の結果でもある。だからこの独立では流血事件が起きていない。
 マレーシアは民族紛争の絶えない現代世界にあって、平和な多民族共存国といえる。
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 日本にキリスト教をひろめたザビエルの布教活動の拠点だった「セントポール教会」跡。
 ザビエルはマラッカで一人に日本人に出会う。ヤジロウという名の彼の礼儀正しい態度に接し、日本に興味を持ち、ここから渡ったという。日本でもザビエルは、庶民から信頼され尊敬された。
 彼はポルトガルの宣教師だが、生まれはスペインのバスク地方である。バスクといえばスペインの少数民族で、虐げられた民族の記憶がザビエルの中にも生きていたことだろう。異民族への彼の友好的な態度の元はここにあるんおだろう。
 ザビエルの人柄、民族共存の思想は生きている、などと唐突なことを思った。
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 屋根の無くなった教会のなかで、みやげ物売りが所在無さげにしていた。
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 クルージング。川面から街の裏側を見る楽しさ。

 マラッカの一日の終わりはニョニャ料理。
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 ニョニャとは、華僑=中国人と結婚したマレー人の女性のことで、中華料理とマレー料理のミクスチャア料理である。ミクスチャアなんてマレーシアに降り立ったとたん味わったと思っていたが、今までのどの料理とも違う中華料理だった。
 文化とは交じり合うことだ、とおいしい結論を得た。
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by kanekonekokane | 2008-04-04 00:57

チャイナタウン


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 チャイナタウンを歩いていたら、ヒンドゥー寺院に出くわした。
 インド人街でなくてチャイナタウンで、だ。バリでよく見る割れ門のような門構え。この門の外で靴を脱いで中に入ると、お堂の中で僧侶が経を唱えていた。
 異教徒の私たちには、イスラムのコーランとよく似ているように聞こえる。
 この割れ門の近くにある中華屋台で鍋料理を食べた。
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 翌朝、チャイナタウンでごはん。いかにも地元の人が立ち寄りそうな店だ。
 この店の横の狭い路地は中国人の市場で、おおっぴらに豚肉が売られていたこの街ではなかなか豚肉を目にしない。中華料理店のメニュウでも豚の文字は無い。が、中華料理の肉といえば豚肉である。そしてヤッパリ売られていた。
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 しっかり豚足までついている枝肉である。
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 店の奥には仏さまが飾られていた。
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by kanekonekokane | 2008-04-03 01:27

インド人の街


 クアラルンプールのマスジッド・インディア街。
 文字通りインド人の街。ここにくると街中にあふれていた漢字が見当たらなくなり,代わりにタミール文字の看板が多くなる。
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 立ち寄った 屋台でインドの夫人が休憩時間に食い入るように新聞を読んでいた。屋台の主人らしいが、気品があり、気骨を感じる。
 私たちの横のインド人男性も新聞をなめるように読んでいた。さめてしまうよ、と心配になるくらい、ゆっくりゆっくりとミルクティーを飲みながら。
 やがて彼の前に一人のインド人が座ると、二人は少し緊張した口調で話し始めた。おそらくマレーシア選挙の結果や新しく組閣される政府のことなのだろう。二人の話は、政治にはきちんとした姿勢を持つインド人らしく互いに譲らない。

 マレーシアでは、マレー人を優遇する政策が長く取られてきた。最近、改められてきたとはいえ、インド人にとってマレーシアは居心地のよい国とは必ずしもいえないようだ。
 企業の幹部や公務員はマレー人が多く、商売では中国人が圧倒的な力を持っている。社会的にも経済的にもインド人は下層に甘んじてきたのだ。

 この夫人のまなざしは、マレーシアにおけるインド人の不安を物語っているようだ。しかし、悲しんでいる表情はない。そのたたずまいからはインド人の高い誇りと深い思慮が感じられて、しばらく失礼なくらい私は見つめてしまった。
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 私たちのためにナンを焼くオヤジさん。
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インド人街にならんだ花屋さんの屋台。
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  「なんのためですか?」
 「お祈りのためさ、レイのように首にかけてもいいけどね」
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 このあと、インドゥー寺院に行ったときに、この花が飾られているのを見ることができた。
 インド人はヒンドゥー、マレー人はイスラム、中国人は道教の教えにしたがって生きている。
 自分たちの食事と文化を守りながら、このマレーシアで。
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by kanekonekokane | 2008-04-01 22:34