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きょうも良き日


by neko
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いのち


松の蕾
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松だって花をつける。
ひさびさに海を見に、熊野灘に突き出た楯ヶ崎まできた。
暖流に癒され、木々の緑に元気をもらい、こんな松のいのちに励まされる。
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by kanekonekokane | 2006-05-31 23:59

鴨川をどり


 京都先斗町、鴨川をどりを学生といっしょに見に行きました。
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 学生たちはこういうものを見るのはほとんどがはじめて。「すっごくキレイ!」「唄の内容がチャントわかった!」「美術の転換にビックリ」「あんまり期待してなかったけど面白かった」、、、、、、
 
 終わってから、五月晴の下、鴨川原でお弁当。ぶらぶら南座のあたりを歩いて、建仁寺へ。
 宗達の風神雷神屏風(この寺に保管されているが、普段飾られているのは模写)をじっくりみたり、庭を見ながらボーっとしたり、双龍の天井絵に圧倒されたり。
 ひさびさの京都のお寺見物、文字通り癒される時空でした。
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 建仁寺方丈庭園「大雄苑」 
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by kanekonekokane | 2006-05-25 11:35

エンディングロール


 映画のエンディングロールは、最後の一文字まで見てから席を立つ。
 エンディングには、ケータリングやら、運転手、パシリのボクちゃん、ケーブル運びのアニキの名前まで映し出されているのだ。読みにくい英文を目で追いながら、「オツカレ」といわずに、席を立つなんて私には出来ない。
 それから、エンディングロールにはいろいろ仕掛けがあったりする。「マトリックス」には予告編?がついていたし、「モンスターズ・インク」のエンディングは本編よりも面白い。「風の谷のナウシカ」にいたってはエンディングにこそ宮崎駿のメッセージがある。
 それらを見ずに席を立つのは、おつりを受け取らずに店を出て行くのと同じだ、ロスタイムの逆転ゴールを見ないで、チャンネルを変えるやつと同じである。

 旧聞に属するが、「プロデューサーズ」もエンディングロールのあとで笑わせる。
 脚本、制作のメルブルックスが登場。最後に客に「出て行け!」と悪態をつく。

 日本でいうなら三谷幸喜映画だね。とにかくオモロイ!
 ただ、アメリカで生活している人は、われわれの数倍は面白いのだろうね、われわれにはわからないネタがずいぶんあるようだ。日本のお笑いタレントがテレビでよくやるギャグを、映画でやっても外国人にはよくわからないのと、同じように、そういうネタ振りが随所にあるようなのである。
実に悔しい。これはあのミュージカルのパロディかな?というのが随所にある。

 主役のネイサン・レインがいい。中年のいやらしさ、バイタりティー、悲哀を出していて抜群である。歌と踊りと芝居がうまい。西田利之にそっくりで素敵だ。
 あと監督のスーザン・ストローマンが美しい!
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by kanekonekokane | 2006-05-22 23:53

担ぎ桶を締める


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 担ぎ桶胴は、東北地方の祭り太鼓らしい。
 紐で、肩から掛けて両手で打つ。片面を打つのがもともとの打法のようで、誰かが杖鼓(チャンゴ)のように両面を打ち出してから、現代の和太鼓ではそれが普通になった。
 音は軽やかで、早いパッセージが魅力である。見た目の軽快さもあってソロの太鼓として定着した。
 私が始めてみたのは、レナード衛藤さんが鼓童で演奏して時だが、金子竜太郎さんのチャッパとともに鮮烈な印象が残っている。

 写真は辰哉が桶胴を締めているところだが、この締める行為に一種の作法のような独特な美学をいつも感じている。
 その日の天候やカラダ、曲のこと、などを思いめぐらしながら革の調子をはかっていく。
 調律であるし、音楽に入っていく「通路」でもある。
 こういう作業に気持ちをこめられないプレーヤーは「革を聴く」ということが出来ない、と思う。音を聴くのは当たり前で締めながら皮を聴く、つまり革との会話をするのである。

 辰哉は優れた担ぎの使い手で、おそらく革のコトバも使えるバイリンガルであろう。いやカルフォルニア訛りの英語もいけるから「トライリンガル」ということか。
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by kanekonekokane | 2006-05-19 00:24

RIZE


 映画、というとキャラメルコーンのあまーい香りを連想してしまうのはわたしだけ?
 
 シネコンにいくと、そのにおいが充満していているよね。
 シネコンは便利だけど、ハリウッドものばかりが上映されるのが、悔しい。
 韓国やフランスのようにスクリーンシェア制度(自国の作品を優先的に上映しなければならない、というもの)が日本にもあったほうがよいとは単純には思わないが、マイナーな映画をもっと見たいと思う。シネコンのたくさんあるスクリーンの一枚くらいそういう作品に使ってもいいんじゃないかと。しかし、それはそれでシネマスコーレなどの「名画系」映画館は困るだろうね。
 岐阜の岐南、シネマジャングルはそういう中で結構マイナーな映画を上映しているようだ。
 
 「RIZE」をそこに見に行った。あまいキャラメルコーンの香りをかぎながら、
 
 その映画は全国でもほとんど上演されていないもので、私はその題名すら知らなかった。
 そんな映画を岐阜の端っこ、巨大な岐南交差点の横のゲームセンターやら同居しているシネコンで見られるとは、、、、
 冒頭で「この映画の中のダンスシーンは早回しではありません」という字幕が出る。
 それくらい凄まじく動きの激しいダンスに熱中する若者たちのドキュメント映画である。
 若者たちはロスのサウスセントラル地区に住む黒人たちで、薬物常用や犯罪へ走るか、踊りにエネルギーを傾けるか、という選択が登場人物によって語られ、70年代のロス暴動の映像が挿入されて、ロスの黒人社会の気分や矛盾に満ちた雰囲気が背景として映される。
 ダンスは「ふるえ」にちかいもので速さにビックリする。アフリカの踊りを直接受け継いだものだろう、映画の中でもアフリカの現地の踊りが挿入されているが、そっくりだ。ブレイクダンス、ヒップホップの影響も受けながら、洗練されていない動きがかえって面白い。
 
 映画は若者たちやリーダーたちのインタビューの映像の切り替わりが面白い、途中からダンスバトルのシーンになるあたりから少し退屈になる。
 黒人社会のことについてもう少し掘り下げる、とか若者たちダンス以外の生活が描かれていれば、とも思った。
 
 レイトショウが終わり12時近い映画館の外は、ゲーセンや深夜営業の飲食店があるにもかかわらず、そんなにキケンな感じはしない。ロスとは違うよね、やはり。
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by kanekonekokane | 2006-05-18 10:46

GONNAの華


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GONNA人気をエイコと二分しているリン。
この人の客席に向けた視線と笑顔は敵なしだろう。
色っぽさと無邪気さを併せ持った雰囲気にはパフォーマーの天性があるように思う。
メンバーの中ではイチバンおとなしいが、イチバン稽古熱心である。

 この写真は高槻駅前アクトアモーレでおこなったデモ演奏のもの。
わたしがなぜカメラを持っているのか、その意味がわかった一枚である。
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by kanekonekokane | 2006-05-09 14:31

リハーサル風景



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 打楽器フェスティバルでの演奏と「打ち交わす」に備えて、熱田文化小劇場でのリハーサル。
 GONNAは反響板で囲われた舞台での演奏はめったにない。音響をフルに入れるのが通常だ。
 いつもなら、モニタースピーカーからストレートに聞こえててくる他の楽器の音が、遠くから遅れてしかも響きを伴って聞こえてくる。バランスも音響装置がカバーしてくれるので、出すところでは極限までだせるが、ここでそんなことをしたらウルサイばかりだ。
 
 マリンバや担ぎ桶胴などと、大きな太鼓とでは音量が違いすぎるし、厚い皮をはった和太鼓のいい音を出すには、ある程度以上のインパクトは必要だ。このバランスを整えて生音のアンサンブルを創り出すのは容易なことではない。
 さらに2秒近い残響があり、一度出した音はなかなか消えない。
 そういう音場に、耳というよりカラダを馴染ませていき、コンサートホールの響きの豊かさと怖さをカラダにしみこませる。
 大きな音を抑えるとかでなく、いまでている音を感じて自然にカラダがアコースティックなミックスする音を出すように調整をする。

 何度も演奏したはずだが、何度も譜面に立ち戻る。自分流が一番の敵なのだ。
    
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by kanekonekokane | 2006-05-09 14:03