朽ちた電柱の中に木が育っている。
その電柱はブロック塀に挟まれいている。
住人は、ただ放って置いただけ、なのだろう。「無為の行為」。
「何もしないで、見守る」それが、人間するべき究極の実践なのかもしれない。
住む人はやさしさというものを、木は生きていく意味を、通行するものへさりげなく伝えてくれている。
この木のすぐ隣。
御影石の見事な石垣にも、負けじと育つ木を見つける。
放っておくと、石垣が壊れるので、きっと切り取られることになるだろう。
「どうして、こんなところに生えてきたんだろう」などとは、つゆとも思わずに春の日を浴びている。
(阪急御影駅の近くで、)