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ねこの生活と意見 nekokane.exblog.jp

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きょうも良き日


by neko

俳句というもの


このブログの読者は0人か、ほぼそれに近いだろう。コメントを受け付けていないのでわからない。
どこかで嗅ぎつけてこのページを開く人は、わたしがこの一年ほど俳句の会に属していることくらい知っているかも。
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「夏空システム」という至極便利なサイトを主宰(決めてはいないが、座主のような人)が見つけてきて、投句期間になると投句をする、締め切りまで何度でも推敲できる。選句の段階になると作者の名前は伏せられてランダムに並んだ投句のすべてが閲覧でき、選1点、特選3点を選んでおく。オンラインでの句会で、得点がわかり作者が名乗り出る。
生活の中で見たまま、ちょっとした出来事のまま句にする。しかしどうしても、わたしなんかはアレゴリーを込めたもの、とかダブルミーニングなものを書きたいと思うのである。
先日の句会の兼題はなんと「重力」。
 
 重力や地平踏み切る初日の出 猫々

猫々はわたしの名である。
これはだれも投票してなくて0点。

 満月の重さを量る冬の雲 猫々

これは一人が特選、もう一人が選で4点。

 無重力フォトンふるふる小春空  猫々

二人が1点づつ入れてくれて2点。
全部では八句投稿するので、メンバー全員が加わるとかなりの数になる。重力句会は4人だったので三十二句。
兼題を出した人が、大栗博司著「重力とは何か」をあげて、この兼題について言っていたので、さっそく読んだのだが結局、重力とは何か、はわからなかった。
ではと村山斉さん、小谷太郎さんとかの数冊で勉強。
重力とは何か、などわからなくても俳句は読めるし、わかってしまったら美しい自然が物理の法則にみえてきて、句にならないかも。しかし科学的知識とかいうものはそんな非人情なものではない。量子論まで学んで「宇宙の美しさ」に少し気づいてきた気がする。
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俳句は「文学」だと思うが、ランニングで言うならごく軽いジョギングみたいなものである。タイムも距離も気にしないし記録もしない。どこかに読むべき素材がないか「鵜の目鷹の目」になり、前頭葉をひっかきまわし言葉を遊ぶ。それでいいし、そこがいい。


 

# by kanekonekokane | 2023-12-05 20:18 | 文学

こんどこそ続けようblog


昨夜(2023.12/3)ベッドで為末大さんの「熟達論」をめぐっての対談をYouTubeで聞いていて、為末さんが毎朝FacebookにFacebookにしては長文を載せている、という話を聞いていて「書かなきゃ」と急に思った。

なにも書いていないわけではないのだけど、と言っても、台本とかキャッチコピーとか、だが。
台本はサラマンカホールの子ども合唱団のため、先日はオペラ「魔笛」のアウトリーチの短いコンサートのためにも台本を書いた。現代口語、もっといえばふつうのおしゃべりレベルで書いているので、MCには「漫才とかコントのつもりでね」と言ってやってもらっている。
句会のLINEグループでもできるだけ発信していこうと思っている。✕(Twitter)やFacebookはなんとなくやめてしまった。まとまった文が書けないし、もともと3日もすれば旧聞に属するような内容にふさわしいメディアだからかな。

「前立腺ガンですね」と医師に宣告されて、証拠をつかむために1泊2日の検査入院。
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前立腺に17ヶ所もハリを刺して、ハリの先についてきた微量の組織を検査するわけだが、全身麻酔なので気がついたら、ここに寝ていた。
そもそも6月のはじめに自転車で名古屋まで30キロの道を往復して翌日熱が出て、コロナか、というわけで内科受診。そしたら「熱中症」だと言われた。
熱中症は運動中に症状が出るわけではない、元気な人ほど翌日に出るものだ、と医師に諭された。30キロ行って、ビールを飲み、映画を観て、30キロ走って帰宅してビール。このビールがいけなかったわけである。
大学時代のサークルの同窓会(そんなものが世の中にはあるのですよ)で、能登氷見まで一泊旅行。
しかし、どうも尿の回数が多すぎる!というわけで、泌尿器科を受診。前立腺肥大と言われ、その後、血液検査でガンの疑いがあると言われて、写真のような羽目になったわけである。
その間、コロナに感染、熱のために歯が痛くなり歯科、コロナが治っても鼻汁が止まらないので、耳鼻科へ・・・これでは終わらず、検査入院のあと、胃腸炎にかかり、2週間ほどまともに食べれなく、5キロも体重が減った。
といっても、その間に福島の娘のところまで車で行き(600キロくらい)、御嶽山に登り、岩手まで賢治を足跡をたずねる旅で賢治をまねて、岩手山を夜登り、姫神、種山ヶ原にも登ってきた。もちろん、トレランも自転車もやってきたので、それなりに充実していたのだが・・・
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ガンの進行状況確認のためCTとPETを受ける。この静脈に入れた管からブドウ糖液とCTのための造影剤、PETのための放射性物質を体内に入れる。考えると恐ろしいようなことだが、すぐに排泄されますから、ということらしい。
その検査結果は、ステージ3a、かなり進行しているとのこと。それでいくつかある選択肢が示されたが、全摘手術を選んだ。
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PETの薬剤がカラダ中に骨にまで浸透する時間、桑名の街(病院は桑名にある)をさんぽ。カフェ「ムギノワ」でコーヒー。
桑名城のお堀とつながる水路沿いに歩き、それが暗渠になっている緑道を通り、かつて鋳物師たちが住んでいた鍋屋町から、旧東海道を戻り、城跡近くお堀沿に「ムギノワ」はある。堀の石垣の上に新築の家に交じって、古いうちが残っている。洗濯物が昔ながらの竿に干されている。あういう家っていいなあ、とか思いながら・・・


# by kanekonekokane | 2023-12-04 16:07 | 生活と意見

ブログというものは、読み手を考えていないので長続きしない。
では頼んで読み手になってもらうとか、日記に名をつけ彼女に語り掛けたアンネ・フランクのようにブログに名をつけるというのも、悪くないかもしれない。
まあ、書く、というアウトプットは必要なのだ、ということは必要だと猛烈に感じる。
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タグに生き物とつきあう、としているが昨年ネコ、Aliと名付けたが、が来た。
こういう生き物が家族の一員になると、赤ん坊ほどではないが、この子中心に生活になる。

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昨年のクリスマス~もう10日前のこと~沖コーチのランニングミーティング@平田リバーサイドパーク、に久々に参加して「打ち上げ」で平田クレールのカイジュウカフェでランチ。鹿肉のハンバーグ。隣のプレートは鹿肉のキーマカリー。
エキササイズや、アップ走をして、8キロをランニングの後、コーチング・・・やはりランニング会は楽しいし、勉強になる。
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さて、昨年末のことを少し書いておこうかな。
石津御嶽から田代越えを経て、羽沢の三角点まで来たら金柑のリースが飾ってあった。2022年12月21日。とてもほっこりする。少し盛りだくさん過ぎて、形が歪んでいる。もしかしたらヒョウタンの形にしたのかもしれない。

12月28日「仕事納め」の夜、金宝町のバル・バロッサで石原・岡崎夫妻、後藤卓也「スペインからの手紙」の忘年会。
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長良ワインを試しに頼んだ。一升瓶のワインをラベルのないボトルに移してテーブルに出してくれる。空気を混ぜる柔らかい香りが立ち上ってくる。渋みと軽やかさがあって、ヨーロッパの複雑な味とは違った素直なワインだった。
それから、この店のハモンはサラマンカ産のもので、とりあえずハモンと地ワインで乾杯。
〆のパエリアも田舎風。
岐阜には岐阜のバル、というところである。

# by kanekonekokane | 2023-01-04 17:10 | 生活と意見

清流ハーフマラソン完走


ロードレースには初めての参加。
72時間内にPCR陰性でないとスタートできない。陰性であるという、青い紙ブレスレットをつける。
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7千人というランナーと走るので全コース集団の中を走るせいか、楽な気分で走れた。
レースだから頑張ってしまうのではないか、という心配はあったが、むしろペースが守れたような気がする。
スタートから小雨で暑くなくていい。ゆっくりとしたペースで走ろうと思ったが、金華橋への登坂でいきなりペースを落とす人がいて、込み合う中を追い抜いてゆく。沿道の応援が励みになる。
登りでペースが落ちる人が多いだろうとは予測できたが、下りでブレーキをかけるランナーがいたり、水たまりをよける人が多いのには少しびっくり。トレイルランナーでは考えられないと思う。
1時間58分01秒。直前のトレーニングでは2時間20分ほどだったので、2時間を切りたいという目的は達成できた。この年でロードランを初めて3年ほどなので悪くない結果。

走り始めて6年くらいになるが、トレイルも含めて、自分がレースに参加できる回数は限られている。走ること自体はまだまだ可能だと思うが、レースをあきらめる時期はそんなに遠い未来ではない。あと2年?、つまり75歳くらいまでかな。

# by kanekonekokane | 2022-04-30 10:29 | トレイルラン

熊野古道小辺路


11月に小辺路、高野山から熊野本宮大社まで65㎞の道を歩いた。
大辺路を歩いてから10ヶ月ほどたって、あのロングトレイルが印象に残っている。車の往来する国道、生コン工場の敷地のなかになっている道、鉄道のおかげでズタズタになった古道、いまは高速道路工事にはばまれて工事フェンスの横を歩く道・・・集落の中は古道の風情が消えていてもまだ良いが、こういう道を歩いたり走ったりがおもしろいのか? といえば面白くはない。
しかし、歴史の道は歴史によって変遷し消えたり付け替えられたりするものだ。
参詣道は、それ以前から使われていた庶民の生活路を、都の貴族のために「段築」(盛り土をして高低を均した道)にしたり、切通しにしたりしたわけである。高速道路もまた歴史だと思えば、古道は生きている、と開き直れる。

熊野参詣道だという認識が景色を変え、歩く意味をもたらしてくれる。

小辺路は高野山から始まる。岐阜を終電で出て、新幹線、大阪地下鉄、南海と乗り継ぐ。紀ノ川を電車がわたると「紀ノ國」に入る。夜なので家々に光と闇をながめていると、紀伊半島の山々に入っていくんだという感慨がわいてくる。
終発のケーブルカーにはわたし一人。
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ケーブルカーから、やはり終発のバスで高野山金剛峰寺についた。

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山門にむかって手を合わせて山行の無事を祈る。
霧が時おり水滴になって落ちてくる。これでは今夜の泊りは濡れた地面にツェルトか・・・と覚悟を決めるが、できれば避難小屋まで行きたいとも考えながら走り出す。

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ろくろ峠からさっそく道を間違えて女人堂のほうへ100mほど走って気が付いた。夜の道はバカみたいなロストをする。気をつけよう。
しばらく細い林道を通ってから護摩壇ドライブウェイとかいう国道に出る。霧はいよいよ濃くなり、雨も降ってきて、寒くなる。舗装路が続くので行けるところまで夜の道を走ることにする。
トレイル入るころにはカラダも慣れてきて快調に走る。急斜面を下り、大股の集落に入る。外灯だけがこうこうとしている。当たり前だがここで起きているのは私以外だれもいない。大股から急斜面を登ると無縁仏なんだろうか、石仏があった。
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もうすぐ東の空が明るくなるだろうと時間になって菅小屋に着いた。着替えて濡れた服をつるしてシュラフに潜り込んだ。
翌朝、話し声で目が覚めた。7時半。いい時間だ!晴れると思っていたが曇りだ。なんてこった!
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菅小屋は快適で本当にありがたかった。寄付箱に千円を入れて出発。
話し声の持ち主は伯母子岳の手前で追いついた。
山頂は樹林がなく石灰岩地形のような穏やかの山である。しかし風が強い。夏タイツにショートパンツというスタイルなのでそうそうに下る。樹林に入るとこの格好でも十分。気温は5,6度というあたりかな。
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ここから古道らしく山頂を避けてなだらかな道が続く。貴族の参詣に仕えた先ぶれのようにぐいぐいと走る。
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こういう案内看板が結構あるのだが、これが気に入った。
この山奥で宿を営み、牛を飼い、畑ではナンキンとジャガイモを作って客に供していたという。目のまえの林の上に空想してみると確かにそういう宿があり、畑を耕していたんだろうとわかる。
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土を平にしたのが想像できる。
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秋である、秋である、秋。
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弘法大師もいる。
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どなたなんだろう?ひっそりと祀られている。

途中で眠くなって、昨夜の短い睡眠の負債を20分ほどだけ返済し、やっと西中の集落につくすでに16時だ。なんとか果無集落は明るいうちに通りたいと思っていたが、ムリだと思ったら走れなくなる。おまけに雨が降ってくる。ああ十津川温泉でもとまるか・・・と弱気になったが、雨が止んだらそんな考えはどっかへ消えてしまった。
昴の郷を過ぎる頃はとっぷりとくれて、果無へのつり橋は、時空を超えるファンタジーへの文字通り「橋」である。
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果無集落はひっそりとして足音も忍び、ヘッドランプを手で覆って家々に遠慮しながら通り過ぎた。

濡れてない枯葉のたまっているところがあれば、そこが今夜の宿泊地になるので、きょろきょろしたり、森の中に少し入ってみたり登っていく。
山口茶屋跡の平地をうろうろしたら、大杉の下が全く濡れていないのでそこでツェルトを張る。分厚い枯葉層の断熱とクッションは最高である。
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翌朝、八十八か所の石仏に導かれながら果無峠へ。

八木尾へ下ろうという当たりで熊野川が見えた。やっと来た!
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中辺路に合流するあたりから、もうすぐだと思うと脚はぐいぐいと走り出す。祓所王子についた!もう本宮の鳥居が目の前にある。
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とりあえず大斎原まで行き、熊野川のほとりについた。
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旅は終わった。65㎞、25時間。24時間を切りたいと思っていたが、まあいいではないか上出来である。


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カフェCHOUXでゆっくりと時間を過ごす。温泉に入ろうかとも思ったが、いまはこれが天国だ。
天国は続きがあったほうがいい。カフェのネームの通り名物のシュークリームも。
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シュークリームが100点としたら、チーズケーキは120点かな、
でも予約の客がひっきりなしにくる、それも横浜ナンバーと大阪とかも。みなシュークリームを持って帰る。
しかしチーズケーキのほうが味のオリジナリティがあり、しっかりとした食感がいい。

高野山の山上の極楽から、この世俗の天国までの旅。
しばらくは熊野古道から離れらない。

# by kanekonekokane | 2021-12-02 14:42 | 熊野古道