
道路沿いでタラの芽やわらびを売っているおばさんと出合う。





何を見ているんだろう?

だれかが帰って来るのかもしれない。もう何年も前に山に入った人が。
# by kanekonekokane | 2012-05-05 01:44

大垣の北、春日の山。
連休なので人気のないところを選んだ。だれにも会わない静かな山登り。
1000mを越えていないからか、急な斜面が嫌われているのか・・・
槍ガ先という名前が気に入ったのだが、頂上はとがっていない。
「どこが槍?」と同行者。 ま、いいんじゃないの・・・

集落までは、このゲートからさらに二つのゲートを通らなければならない。
向こうに見えているのは国見岳かな・・・
# by kanekonekokane | 2012-05-01 23:07

このコンサートホールのディレクターとして一年。やろうと思ったことの端緒はつけた、がもう離れることになった。
指定管理者であるドルフィン株式会社の小森社長(今は元社長)が不正を働いて、5年間の指定管理の契約が解除になったのである。
この間、文化政策のなさ、行政の無能、民間企業の無責任をつくづくと感じた。
たとえば、このホールの県の担当者は、資料を見て「PfとかVnってなに?」と電話で聞いてきた。
別に音楽用語を知らなくても恥ではない。ただコンサートホール事業の担当者となれば、webで調べるくらいのことはするべきだろう。
民間企業も情けない。行政の下請けのような発想が多くて、ミニお役所になっている。公立ホールといえども経費を落として、もうけるために営業をして行くべきなのだが、たとえば広告を取るとかには消極的なのだ。
民間活力などと、たわけたことを言ったのはどこのどいつなんだろう。民間の多くが旧態依然の体質でコンプライアンスどころか、ガバナンスもなければマーケティングのノウハウも持ち合わせていないではないか。
それから、たとえ不正な経営者がいたとしても契約が切られるのを漫然と受け入れるというものおかしな話で、雇用や事業継続を理由に事業部門の継続を県に訴えるくらいの気構えが欲しいものだ。県より自分たちが「下」だと思っている。
それはそうだろう、指定管理者側はコンサートやホール運営の専門家集団でもないし、そういう意識も少ない(それでいて何かノウハウを持っていると思い込んでいる)
すでに文化庁は民間企業による指定管理、公開の入札を政策的に否定しているし、公立文化施設協議会や文化団体連絡協議会は公的団体による管理が望ましいと明確に言っている。おそらくこういう全国の流れなど行政と業者は全く知らないのだろう。
次期管理者は昨年度の半額の事業費で落札した。県はその金額だけで業者を決めたのだろう。
そんな予算では何もできまい。スタッフは減らされ、サービスも低下するだろう。
結局は音楽ファン、観客に迷惑がかかる。
しかし、もう、しょうがないことである。
一年間で学んだことも半端なく多かった。GONNAの仕事のなかでも、こんなに観客とアーティストの立場に立ったことはなかったような気がする。
常に客が何をのぞんでいるかを考え、たとえ理不尽に思えても、客のミスから起こったトラブルであっても、客の言うことが正しく、こちら側にな落ち度があると考えるようになった。
コンサートのときは、受付に立ち一人ひとりの客に頭を下げ、常連とは言葉を交わし、真っ先に客の要望を聞き、休憩中には感想を聞いた。
ほんとうに「客から教えてもらう」と思えた一年だった。
思えば一番、印象にのこっているのは、東京フィルのコンサートの休憩でコーヒーを飲んでいた「茶パツ、ピアス」のロックな青年に「どうですか?コンサートは」と聞いたら「トリハダが立った」といい、そばにいた彼女をさして「クラシックははじめで、彼女に誘われたんです」という話を聞いたことである。
「トリハダがたつ」、そういう経験がわたしにもある。そのロックな青年も、あの思いがけなくジワーとくる音の波動を感じたのだ。
イイ一年だった。
# by kanekonekokane | 2012-04-01 02:05


作曲家シフコヴィッチが「クレージー」とつぶやいた風景。

下の方のミラーに歩行者用のトンネルが見えている。
クレージーにしてコワい。
# by kanekonekokane | 2012-03-02 12:25
昨年の春。
南伊勢町を歩いた。

紀伊半島の海沿いを歩くのはこの数年の私のブーム。
道行竈(みちゆくがま)から山道を海に向かって行くと、海から切り離された潟湖に出会う。そこから大方竃へ峠を超える。

大方竃の入口、八カ竃(はっかがま)八幡社。

正月の榊飾が枯れたまま残っていた。

阿曽浦の港。弁天様を祀ってあるのだろう。

老夫婦が出航の準備をしていた。

お大師さま、古い墓石、六地蔵。
南伊勢町を歩いた。

道行竈(みちゆくがま)から山道を海に向かって行くと、海から切り離された潟湖に出会う。そこから大方竃へ峠を超える。





# by kanekonekokane | 2012-02-24 13:24

お顔が隠れているけど、弘法大師でしょう。






鳥居の奥には、おそらく戦国か鎌倉期までさかのぼれるような石塔がある。
# by kanekonekokane | 2012-02-23 12:47

汽水、つまり海の水と川の水が混じり合っているので、ここの牡蠣は独特な味がする。

# by kanekonekokane | 2012-02-22 18:29



そりゃ、みるみるうち思い通りの顔が作れるんだから、面白いと思う。
この雰囲気が歌手たちを和まさせてくれる

左の照明さんは、なぜか寸角を手にしている。


舞台監督、舞台監督助手、演出助手は東京からのチームで、彼女は徳島で合流。それぞれ普段は違うグループに属しているけど、あっという間にチームができる。
# by kanekonekokane | 2012-02-08 09:23

その人形遣いの役を地元のアマチュア劇団「青年座」が担当した。


# by kanekonekokane | 2012-02-07 15:20
作曲家三木稔さんが昨年12月8日に亡くなられた。
1月29日に三木先生のふるさと徳島市の県立郷土文化会館あわぎんホールで、このオペラが上演されたが、追悼公演となってしまった。
先生にご覧いただけると思いながら構想していたので、訃報を聞いたときは正直、がっくりした。
演出をと、指揮の榊原徹氏に言われた時は、ホールディレクターでかなり忙しい上に一週前の日曜日は「15年目のデュエット」(作曲・錦かよ子)がきまっていたので、引き受けるのにかなり躊躇した。しかし断らなくて本当によかった。
この手で先生の追悼ができた、という安堵感が終演後湧き上がってきたものである。

このオペラは物語こそシンプルだが、難解である。リアルな状況設定ではなく、オペラ自体が劇中劇のような感じがする。
台本を読んでいると合理的な解釈が無理なト書きや転換があり、読み替えをし、踏み込んだ解釈をしていかないと、立ち往生してしまう。
装置は能舞台のような様式的な抽象的な空間にした。
中央は与助役の坂本忠弘さん。
ロウソク(照明)を提案したのは照明の高山氏。これはドラマの劇中劇化を促してくれた。
美術らしいものは、この吊りものだけ。一枚ものにして、各場面のタイトルをスライドで出した。
演技エリアの奥に置を置いたのは、あわぎんホールにオケピットがなかったから。音楽的にはたいへんだったが、これまでにないオペラ空間を作るという点ではよかった。
阿波少掾役の井上雅人 さん。
解釈に戸惑いながらの私の提起に、指揮者と歌手、スタッフが、稽古での議論に粘り強くつきあってくれたり、アイディアを出してくれたので上演が成功できた。
チームワーク作りが演出の仕事なんだね。
1月29日に三木先生のふるさと徳島市の県立郷土文化会館あわぎんホールで、このオペラが上演されたが、追悼公演となってしまった。
先生にご覧いただけると思いながら構想していたので、訃報を聞いたときは正直、がっくりした。
演出をと、指揮の榊原徹氏に言われた時は、ホールディレクターでかなり忙しい上に一週前の日曜日は「15年目のデュエット」(作曲・錦かよ子)がきまっていたので、引き受けるのにかなり躊躇した。しかし断らなくて本当によかった。
この手で先生の追悼ができた、という安堵感が終演後湧き上がってきたものである。

台本を読んでいると合理的な解釈が無理なト書きや転換があり、読み替えをし、踏み込んだ解釈をしていかないと、立ち往生してしまう。
装置は能舞台のような様式的な抽象的な空間にした。
中央は与助役の坂本忠弘さん。



阿波少掾役の井上雅人 さん。
解釈に戸惑いながらの私の提起に、指揮者と歌手、スタッフが、稽古での議論に粘り強くつきあってくれたり、アイディアを出してくれたので上演が成功できた。
チームワーク作りが演出の仕事なんだね。
# by kanekonekokane | 2012-02-02 10:33
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